2022/04/30

数学教師が認識しているマイナスの話③補遺 整数の話を有理数や実数に拡げてもいいの?

マイナスの授業で疑問に思いませんでしたか。

整数を用いてプラス・マイナスの計算規則を説明してきたのに、その計算規則を分数や無理数にも適用してもいいの?と



今回の話でこのシリーズは終わりです。話の主軸である環の定義を再記します:

集合 $R$ に2つの閉じた演算 和「+」と積「・」が定義されていて

  (1) 和に関して可換群を成し、(2) 積に関して半群を成し、(3) 分配律をみたす


とき、集合 $R$ は(カン)であると言います。



最初は、環の代表例として整数を紹介しました。次に、環であることから成り立つ性質を紹介しました:


  環 $R$ で引き算を定義し、$a, \: b \in R$ において $-(-a)=a$, $a-(-b)=a+b$


および


    $a・0=0・a=0$, $(-a)・b=a・(-b)=-(a・b)$, $(-a)・(-b)=a・b$ 


を示しました。


ここで考えてほしいことがあります。

この定義をみたす数の集合、つまり、整数以外に環である数の集合があるでしょうか。




有理数、実数、複素数も環ですね。つまり、これまで話してきたマイナスの話は、有理数、実数、複素数でも成り立つということです。これが抽象化した利点です。


これまで整数の話しかしていないように見えていたと思いますが、実際は有理数、実数、複素数でのマイナスの話も同時にしていました。実際は、環であるものすべてに共通した話をしていたのです。こういうことを踏まえた上で、教師はマイナスの話の授業をしています。ただこのことを中学生に話す訳にはいかないので、もっともらしい説明をしているのです。


ところで中学・高校数学の範囲で他に環の例があるのですが気がつきますか。



(1分ほど考えてみてください)



ではその例を挙げます:

         多項式、合同式、行列 (以前は高校数学にありました)


です。mod6の合同式は整域でない可換環の例で、行列は整域でない非可換環の例ですね。

整域というのは環の2元 $a, \: b$ の積が $0$ なら $a=0 または b=0$ ということです。方程式の因数分解による解法はこの性質を使っています。

整域でないということは、$ab=0$ であるが $a \neq 0 かつ b \neq 0$ という元があるということです。実際、

               $2・3 \equiv 0 \pmod 6$ 

ですね。


中学・高校で指導されている教師は、これらのことを踏まえて授業をされていると思います。

単に問題を解くための授業は別です。▢

2022/04/23

数学教師が認識しているマイナスの話②《 a・0=0, a・(-b)=-a・b, (-a)・(-b)=a・b 》

前回の話の後半です。

学校教育で中1数学のマイナスの話を授業している教師は、授業では説明しないと思いますが抽象代数学の知識を背景に授業をされていると思います。その背景を紹介しているのが、前々回から続いている話です。今回は3回目に当たります。


(復習:環の定義)

集合 $R$ に2つの閉じた演算 和「+」と積「・」が定義されていて

  (1) 和に関して可換群を成し、(2) 積に関して半群を成し、(3) 分配律をみたす

とき、集合 $R$ はであると言います。▮



ここから本題今回は

     $a・0=0・a=0, \quad a・(-b)=(-a)・b=-(a・b), \quad (-a)・(-b)=a・b$ 


が成り立つ理由を説明します。前回の話を仮定して話を展開するので、(1)は解説しません。


(2)と(3)を解説します。
いま積に関して閉じているので、$a, \: b \in R$ に対して、$a・b \in R$ です。

(2) 積に関して半群を成す というのは積に関する結合律

          $(a・b)・c=a・(b・c), \quad a, \: b, \: c \in R$ 

が成り立つことです。つまり、積の順序に依らないということです。


(3) 分配律をみたす というのは、2つの演算(和と積)を結び付ける演算規則

       $a・(b+c)=a・b+a・c$ かつ $(a+b)・c=a・c+b・c$

が成り立つということです。1回目で話したように、整数で成り立つ性質から選ばれたものです。2つの演算を考えているのだから自然な要請です。▮


説明の準備が整いました。
まずは $a・0=0$ が成り立つ理由:零元 $0$ を考えると次が成り立ちます(前回)。

                  $0+0=0$

この等式の両辺に $a \in R$ を掛けます。分配律を使うと

              $a・0+a・0=a・(0+0)=a・0$

ですが、この両辺に $a・0$ の逆元 $-(a・0)$ を加えと

                             $(a・0+a・0)+(-(a・0))=a・0+(-(a・0))$.

この等式の両辺をそれぞれ計算してみると 

          $(a・0+a・0)+(-(a・0))=a・0+(a・0+(-(a・0)))=a・0+0=a・0$,

          $a・0+(-(a・0))=0$.

よって

                  $a・0=0$

を得ます。同様にして $0・a=0$ も言えます。▮ 


次は、$a・(-b)=(-a)・b=-(a・b)$ が成り立つこと:この式の主張は分かりますか。

$-(a・b)$ は $a・b$ の逆元(前回)なので、$a・(-b)$ も $(-a)・b$ も $a・b$ の逆元だと主張しています。だから次のようにして示すことが出来ます。

                            $a・(-b)+a・b=a・((-b)+b)=a・0=0$.

したがって、 $a・(-b)$ は $a・b$ の逆元です。同様にして、 $(-a)・b$ も $a・b$ の逆元であることが言えます。最初の等号は分配律、次は逆元の性質、次は零元の性質です。▮


最後に $(-a)・(-b)=a・b$ が成り立つこと:この式の主張は $a・b$ が $-(a・b)$ の逆元なので、$(-a)・(-b)$ も $-(a・b)$ の逆元であると主張しています。だから上と同じく2式を足してみます。 

   $(-a)・(-b)+(-(a・b))=(-a)・(-b)+((-a)・b)=(-a)・((-b)+b)$
                     $=(-a)・0=0$.

したがって、$(-a)・(-b)$ は $-(a・b)$ の逆元なので $(-a)・(-b)=a・b$ です。等号で結ばれているのは、逆元の一意性(前回)によります。▮

3つの証明をみて判るように、分配律が威力を発揮しています。


大学の授業だとセンセが得意顔で説明するか、「これは容易だから各自で解決しなさい」とレポート問題にします。そりゃあ、代数的な見方が出来れば容易ですが、そうなるまでには時間が掛かります。少なくとも私はそうでした。いまは容易ですが、最初は ??? でした。一部の人を除いてそういうものだと思います。


あと1つ話していないことがありますが主要部の説明は終わりました。かんたんでしたか、それとも難しかったですか。先人たちが決めた計算規則の整合性に知見の高さを感じます。人間の叡智はすばらしいですね。▢


余話
受験塾での授業なら、天下り的にマイナスの計算規則を紹介し、テストで点が取れることを目的にすると思います。これならYouTubeで十分です。
なお、前回と今回の話を中学生にするのは無謀です。話者だけの満足で終わってしまいます。中学生には教科書に書かれているような説明が必要だと思います。その説明で満足しなければ、先人が一朝一夕に取得したのでないことと、現代的な見方を話せばいいと思います。

2022/04/16

数学教師が認識しているマイナスの話①《 -(-a)=a, a-(-b)=a+b など》

当初は1回だけの読みきりで書いていたのですが、思いのほか長くなってしまったので最終的に4回に分けることにしました。この記事は2回目に当たり、前回の「整数は環の代表例...」が1回目です。


中1数学としてのマイナスの説明はいろいろあり、YouTubeなどの動画でもいろいろな解説がされています。どれでもいいから自分なりに納得できればいいと思いますが、それでは物足りず、数学教師のレベルで理解してみたいという人もいると思うので、その話をします。

次に示す抽象代数学をつかった説明を理解することになります。群や環について書かれている代数の本にならたいてい書かれているもので、数学科の大学2,3年で学びます。


整数は環の代表例で、整数よりも弱い条件の環で成り立つことは整数に引き継がれます。
この弱い条件ながらも

        $a-b=a+(-b), \: -(-a)=a, \: a-(-b)=a+b$ 

であることが言えます。$(-a)・(-b)=ab$ は次回の話です。(※0)

ではその環とは何かを群(グン)のことば(※1参照)で説明すると次の通りです:

集合 $R$ に2つの閉じた演算 和「+」と積「・」が定義されていて

  (1) 和に関して可換群を成し、(2) 積に関して半群を成し、(3) 分配律をみたす


とき、集合 $R$ は(カン)であると言います(※2)。

今回は (1) を説明し、ここから得られることを話します。


(1)は任意の $a, b \in R$ に対して $a+b \in R$ であり、
  (ⅰ) 結合律 $(a+b)+c=a+(b+c) \quad (任意の \: a, b, c \in R)$,

  (ⅱ) 零元 $0 \in R$ が存在して、$a+0=0+a=a \quad (任意の \: a \in R)$,
  (ⅲ) $各 \: a \in R \: に対して \: a+x=x+a=0$ を満たす元 $x \in R$ が存在する,
  (ⅳ) 任意の $a, b \in R$ に対して、$a+b=b+a$ 

が成り立つということです。(ⅲ)の $x$ を $a$ の逆元といい、$-a$ と書くことにします。

:(ⅱ), (ⅲ) の存在は一意であることも言えます。実際、$0'$ も零元であるとすると

            $a+0'=0'+a=a \: (a \in R は任意)$

が成り立ちます。このとき

                                                $0'=0'+0=0$

となるから零元の一意性がいえます。最初の等号は $0$ が零元であるから、2つ目の等号は $0'$ が零元だからです。次に、$x'$ も $a$ の逆元であるとすると、

             $各 \: a \in R \: に対して \: a+x'=x'+a=0$

が成り立ちます。このとき

          $x=x+0=x+(a+x')=(x+a)+x'=0+x'=x'$

となるから逆元の一意性がいえます。最初の等号は $0$ が零元であるから、2つ目の等号は
$0=a+x'$ であるから、3つ目の等号は結合律(ⅰ)により、4つ目の等号は $x+a=0$ であるから、最後の等号は $0$ が零元であるからです。

この一意性によって、$0$ と $-a$ の一意表記ができるのです。▮

:一意(イチイ) ・・・ 一通り という意味です。数学ではよく使います。


次に、整数には引き算が定義されていますが、整数の引き算は自然数の引き算とは本来別のものです。自然数が整数の部分集合と考えられるから、自然数の $5-2$ と整数の $5-2$ を一緒のものと考えると便利なので同じ記号を使います。ではどのように考えて引き算を定義するのかというと

自然数の $5-2$ は $2+x=5$ を満たす $x$ と見ることができます。そこで環 $R$ の元 $a, b$ に対して、$a+x=b$ を満たす $x$ を $b-a$ と定義しようというのは自然です。


気になるのは $a+x=b$ を満たす $x$ が他にないかということです。元 $b+(-a) \in R$ を考えると

   $a+(b+(-a))=a+((-a)+b)=(a+(-a))+b=0+b=b$

となるので、$b+(-a)$ は $a+x=b$ を満たす $x$ の一つなので、$x:=b+(-a)$ と置きます。この他に $x'$ も $a+x=b$ を満たすとします。つまり、$a+x'=b$ であるとします。
この式の両辺に $a$ の逆元 $-a$ を加えると

                        $x'=0+x'=((-a)+a)+x'=(-a)+(a+x')=(-a)+b=b+(-a)=x$


となるので、 $a+x=b$ を満たす $x$ の一意性が言えます。これにより、

                  $b-a:=b+(-a)$

と定義します。これで1.5「プラス・マイナスの引き算」がより深く理解できると思います。▮


最後に $-(-a)=a$ と $a-(-b)=a+b$についてです。

                   $a+(-a)=0$

で、$-a$ は $a$ の逆元でした。でも $a$ は $-a$ の逆元とみることが出来ます。ということは $a$ は $-(-a)$ であり、逆元の一意性から等号が成り立ちます。つまり

                   $a=-(-a)$.

さらにこのことから

             $a-(-b)=a+(-(-b))=a+b$

が得られます。最初の等号は引き算の定義で、2つ目の等号は $-(-b)=b$ です。▮


引き算と $-(-a)=a$ と $a-(-b)=a+b$ の話を書きましたが、全体をみると今回の話は "存在と一意性" だったともいえそうです。

今回の話はかなり難しいと思います。群を学んだことのない人にとっては、いろいろなところにツッコミを入れたくなったと思います。もしすんなりと受け入れられたのなら独自で代数学の本が読めると思います(※4)。



さいごに
マイナスの話は中1数学で学びますが、教科書とか数学教師の説明は回りくどい感じがしませんでしたか。私も『理一の数学事始め』で「いまさらきけないプラス・マイナスの話」を書きましたが、導入にはかなり慎重になりました。

塾や家庭教師で教えるだけなら、計算の仕方だけを説明し「あっ、マイナスの計算はかんたんなんだ」と思わせておしまいにするでしょうが、マイナスの概念を学び直す(※3)のだから歴史的なことと現代数学の観点を無視する訳にはいかないと考えたのです。

講座名の『数学事始め』通り、数学を伝えるのが目的なので、問題を解くことよりも現代数学入門として書いています。だから導入部はかなり気を付けています。そうではあっても教科書の問題くらい解けるだけの知識は身に付くと思っています。最終目標は、自力で数学の専門書が読めるようになることです。▢



《お詫び》これまでもリンクを設けていましたが、うまくリンクされていないことに最近きづき、気づいた過去記事は修正しました。

※0 整数は環ですが、逆は一般に成り立ちません。例えば、整数には順序(大小)がありますが、この環には順序がありません。詳しくは前回紹介した参考図書をご覧ください。

※1 代数学《群の紹介》をご覧ください。2021年2月に書いたのは、シリーズ1の雑談として今回のような話をしようと考えていたからです。でも内容が一気に難しくなるので、このときは断念しました。

※2 数の集合と演算(代数系入門)では(2)をモノイドにしているので単位元をもつ環です。  
  今回の話では単位元を持たなくてもいいので、条件を弱めて半群としました。

※3 『理一の数学事始め』は、中3生~高校生~大学生、大人で数学を学び直したい人たちを対象に書いています。当然、シリーズ1「プラス・マイナスの話」もです。読むと、教科書とは異なることに気づくと思います。

※4 はじめて代数学を学ぶのであれば

        新妻 弘、木村哲三 共著『群・環・体入門』(共立出版)

もしくは    松坂和夫『代数系入門』(岩波書店)

がお薦めです。雪江、桂、永田 だけで数学科なら本が想像できると思いますが、覚悟が必要です。私は石田で代数を学んだので、新妻・木村は立ち読みでパラパラとめくった程度ですが、数学者になった知人はこれで代数の力を着けました。そういう本なのです。この『演習』はその数学者になった同期から譲り受けたもので、かなりていねいに書かれていることは知っています。

2022/04/09

整数は環の代表例であるが・・・ ~抽象代数学~

代数学で "環" の定義を学ぶと "整数" がその例として挙げられます。授業でも代数学の本でもこれを例に挙げないことはないと思います。


私には「整数が環である」ことが理解できませんでした。



難しいタイトルを付けたにも関わらずこのブログを読んでくれている人には当たり前のことかもしれませんね。ひょっとしたら、私と同じ思いをした人も読んでくれているのかしら。
(環の定義は ※1 をご覧ください)


言い訳をさせてください。教授や著者が言っている "整数" というのは

   (♪)         $\{0, \pm 1, \pm 2, \pm 3, \dots\}$

だけでなく、足し算・引き算そして掛け算もできるし、大小も有しているものです。つまり、教授は自然数や整数を既知としているのです。


でありながら


「みなさん、マイナス×マイナス=プラス になることに疑問を持ったと思いますが、これからそれを証明します」



というのです。
ちょっと待ってください。ということは想定している整数には (-)×(-)=(+) というのは含まれていないということになります。であるなら整数は上で述べた集合(♪)ということでしょうか。マイナスはどのように定義されているのでしょうか。


もう一つ、教授もある専門書も「環は整数を抽象化したもの」と説明されます。であるなら整数が環であるのは当然だし、 (-)×(-)=(+) を示す必要もありません。これはどういうことなのでしょうか。


こう考えていたので理解できなかったのです。ではどのように捉えればいいのでしょうか。



既に広く使われていた整数を集合で捉え直し、再構成をしたと捉えれば理解できます。つまり、既に知られている整数の性質からいくつか抜粋して "環" を定義します。全部でないのが肝です。これによって、整数が環であるのは当然です。環構造だけから

                                           $-(-a)=a$ や $(-a)・(-b)=ab$

が導けます。つまり、人類が長年掛けて得た整数の計算に整合性があったということです。環を定義するときに試行錯誤はあったと思うのですが、実に見事です。単に整数に裏付けを与えるためだけに "環" を定義したのなら価値を感じませんが、代数的整数論で十分わかるように沃野が拡がっていました。▢



※1 環は、群のことば [群の紹介] を利用すると次のように言えます:

集合 $R$ に2つの閉じた演算 和「+」と積「・」が定義されていて

  (1) 和に関して可換群を成し、(2) 積に関して半群を成し、(3) 分配律をみたす

とき、この集合 $R$ を(カン)と言います。

[数の集合と演算(代数系入門)] では、単位元をもつ環を紹介したので (2) を "半群" ではなく "モノイド" にしました。モノイドでない環の例は、2の倍数全体 $2\mathbb Z$ です。

:これだけでは順序付けされていません。


補遺
整数は自然数から構成できますが、集合、写像、群などの知識が必要です。齋藤正彦氏は著書『数学の基礎 集合・数・位相』(東京大学出版会) の中(46ページ)で、「(構成は)難しくないがちっとも面白くない.こういう手続きでそれができることだけ知っていればよい」と述べられていて、証明の多くは省略されています。

手元にある本からの紹介ですが
    笠原章郎 著『自然数から実数まで ―数の概念入門―』(サイエンス社)
    遠山 啓 著『代数的構造 [新版] 』(日本評論社)
には証明付きで構成法が書かれています。▮

2022/04/02

最短経路問題と数学するこころ

 数学を趣味にしている人にとっては、「あっ、その問題ね」というくらい知られているのですが、下の問題をはじめてみたのは高校1年の冬だったと記憶しています。




数学オンチの私でも20分くらい考えて答えだけは出せました。

                  答え $4\sqrt{13}$

でもこれが最小であることの説明は直観的なもので、1時間くらい考えても論理的な説明が見つけられませんでした。解説をみたら、直線に関して点Bと対称な点B’を取り線分AB’が答えと書かれていましたが、この説明を理解するのにさらに1時間くらい掛かりました。


ではどのように考えて答えを導いたのかを説明します。
問題文を理解するのも兼ねて直線上にいろいろな点Pを取り、最も短そうなものを探しました。これによって "与えられた直線と線分ABの垂直二等分線との交点を通る場合" と "光の反射は最小を与える" とみてこの2つを候補に挙げました。両方計算してみて小さい方を答えとしました。もちろん、これでは不正解です。たまたま答えが一致したに過ぎません。



答えを導くのに AH+HB も AK+KB も計算してみました。なぜ "垂直二等分線" と "光の反射" に到ったかというと、特殊な AH=BK の場合を考えてこれらの場合が最小らしいと睨んだのです。光は真っ直ぐ進むのだから最短ルートを与えると思ったのです。重力の影響を受けて光が曲がることは知りませんでした。




それぞれの場合を計算すると

        $AP_1+P_1B=\dfrac{2}{\:3\:}\sqrt{481}$, $AP_2+P_2B=4\sqrt{13}$.

この2つの値を比べると

        $AP_1+P_1B=\dfrac{2}{\:3\:}\sqrt{481} > 4\sqrt{13}=AP_2+P_2B$

なので $4\sqrt{13}$ を採用します。
ところでそれぞれの求め方は解りますか。

$AP_1+P_1B$ はピタゴラスの定理を利用し、$AP_2+P_2B$ は相似とピタゴラスの定理を利用して求められます(※1)。


結果的に光の反射は正答と同じなのですが、"光は最短ルートで進む" は説明になるのでしょうか。どーしてと訊かれても「光にきいて」とはなりません。なぜりんごが木から落ちるのかを「りんごにきいて」とならないのと同じです。


最後に正答を紹介しておきます。

上図のように直線に関して点Bと対称な点B’を取ると、直線上の任意の点Pに対して

                 △BPK≡△B’PK

であるから

               AP+PB=AP+PB’≧AB’

です。したがって、最小となるのは点Pが直線AB’上にあるときで、△ACB’に着目してピタゴラスの定理からAB’を求めることが出来ます。
不等号の部分は


          "△APB’において2辺の和は他の一辺より大きい" 


という定理[三角不等式] によります(※2)。

この解説を理解するのに苦労したのは、"任意" と "三角不等式" です。
三角不等式は直観的に正しいと認識していると思います。でも数学をきちんとするなら、直観が正しいか否かは確認しておきたいですね。でもすべて確認しているといくら時間があっても足りないので、定理として広く認められているものはある程度は事実として認めることになります。


この最短経路問題を初見で解ける人もいると思いますが、その人は非凡な才能を持っているのだと思います。学部生が学ぶくらいの数学までなら容易く修得するのでしょうね。多くの人は参考書や塾などで解き方を覚えるのだと思います。受験数学はそのように勉強しないと時間が足りません。そうでない御仁もおられるようですが... ▢



※1 垂直二等分線:$HP_1=x$ と置いて、$(AP_1)^2 =(P_1B)^2$ を解きます。
光の反射:$∠AP_2H=∠BP_2K$ なので △$AP_2H$ ∽ △$BP_2K$ です。$HP_2=x$ と置いて $x$ を求め、その後ピタゴラスの定理で求められます。

※2 平面の幾何シリーズⅡ「寄り道をしない方が近い」で三角不等式を解説しています。

ちょっと・・・それは・・・ ~ 定義とその周辺の話 ~

内容的には高校数学なのですが高校生には難しいと思います。ただ高校生であっても定義・定理(命題)・公理の区別が出来ているのであればおもしろいと思うし、数学教師志望の教育学部や数学科の学生には興味深い話だと思います。 現在、 『数学事始め』 では指数関数・対数関数の話をしています...