当初は1回だけの読みきりで書いていたのですが、思いのほか長くなってしまったので最終的に4回に分けることにしました。この記事は2回目に当たり、前回の「整数は環の代表例...」が1回目です。
中1数学としてのマイナスの説明はいろいろあり、YouTubeなどの動画でもいろいろな解説がされています。どれでもいいから自分なりに納得できればいいと思いますが、それでは物足りず、数学教師のレベルで理解してみたいという人もいると思うので、その話をします。
次に示す抽象代数学をつかった説明を理解することになります。群や環について書かれている代数の本にならたいてい書かれているもので、数学科の大学2,3年で学びます。
整数は環の代表例で、整数よりも弱い条件の環で成り立つことは整数に引き継がれます。
この弱い条件ながらも
a-b=a+(-b), \: -(-a)=a, \: a-(-b)=a+b
であることが言えます。(-a)・(-b)=ab は次回の話です。(※0)
ではその環とは何かを群(グン)のことば(※1参照)で説明すると次の通りです:
集合 R に2つの閉じた演算 和「+」と積「・」が定義されていて
(1) 和に関して可換群を成し、(2) 積に関して半群を成し、(3) 分配律をみたす
とき、集合 R は環(カン)であると言います(※2)。
今回は (1) を説明し、ここから得られることを話します。
(1)は任意の a, b \in R に対して a+b \in R であり、
(ⅰ) 結合律 (a+b)+c=a+(b+c) \quad (任意の \: a, b, c \in R),
(ⅱ) 零元 0 \in R が存在して、a+0=0+a=a \quad (任意の \: a \in R),
(ⅲ) 各 \: a \in R \: に対して \: a+x=x+a=0 を満たす元 x \in R が存在する,
(ⅳ) 任意の a, b \in R に対して、a+b=b+a
が成り立つということです。(ⅲ)の x を a の逆元といい、-a と書くことにします。
注:(ⅱ), (ⅲ) の存在は一意であることも言えます。実際、0' も零元であるとすると
a+0'=0'+a=a \: (a \in R は任意)
が成り立ちます。このとき
0'=0'+0=0
となるから零元の一意性がいえます。最初の等号は 0 が零元であるから、2つ目の等号は 0' が零元だからです。次に、x' も a の逆元であるとすると、
各 \: a \in R \: に対して \: a+x'=x'+a=0
が成り立ちます。このとき
x=x+0=x+(a+x')=(x+a)+x'=0+x'=x'
となるから逆元の一意性がいえます。最初の等号は 0 が零元であるから、2つ目の等号は
0=a+x' であるから、3つ目の等号は結合律(ⅰ)により、4つ目の等号は x+a=0 であるから、最後の等号は 0 が零元であるからです。
この一意性によって、0 と -a の一意表記ができるのです。▮
注:一意(イチイ) ・・・ 一通り という意味です。数学ではよく使います。
次に、整数には引き算が定義されていますが、整数の引き算は自然数の引き算とは本来別のものです。自然数が整数の部分集合と考えられるから、自然数の 5-2 と整数の 5-2 を一緒のものと考えると便利なので同じ記号を使います。ではどのように考えて引き算を定義するのかというと
自然数の 5-2 は 2+x=5 を満たす x と見ることができます。そこで環 R の元 a, b に対して、a+x=b を満たす x を b-a と定義しようというのは自然です。
気になるのは a+x=b を満たす x が他にないかということです。元 b+(-a) \in R を考えると
a+(b+(-a))=a+((-a)+b)=(a+(-a))+b=0+b=b
となるので、b+(-a) は a+x=b を満たす x の一つなので、x:=b+(-a) と置きます。この他に x' も a+x=b を満たすとします。つまり、a+x'=b であるとします。
この式の両辺に a の逆元 -a を加えると
x'=0+x'=((-a)+a)+x'=(-a)+(a+x')=(-a)+b=b+(-a)=x
となるので、 a+x=b を満たす x の一意性が言えます。これにより、
b-a:=b+(-a)
と定義します。これで1.5「プラス・マイナスの引き算」がより深く理解できると思います。▮
最後に -(-a)=a と a-(-b)=a+bについてです。
a+(-a)=0
で、-a は a の逆元でした。でも a は -a の逆元とみることが出来ます。ということは a は -(-a) であり、逆元の一意性から等号が成り立ちます。つまり
a=-(-a).
さらにこのことから
a-(-b)=a+(-(-b))=a+b
が得られます。最初の等号は引き算の定義で、2つ目の等号は -(-b)=b です。▮
引き算と -(-a)=a と a-(-b)=a+b の話を書きましたが、全体をみると今回の話は "存在と一意性" だったともいえそうです。
今回の話はかなり難しいと思います。群を学んだことのない人にとっては、いろいろなところにツッコミを入れたくなったと思います。もしすんなりと受け入れられたのなら独自で代数学の本が読めると思います(※4)。
さいごに
マイナスの話は中1数学で学びますが、教科書とか数学教師の説明は回りくどい感じがしませんでしたか。私も『理一の数学事始め』で「いまさらきけないプラス・マイナスの話」を書きましたが、導入にはかなり慎重になりました。
塾や家庭教師で教えるだけなら、計算の仕方だけを説明し「あっ、マイナスの計算はかんたんなんだ」と思わせておしまいにするでしょうが、マイナスの概念を学び直す(※3)のだから歴史的なことと現代数学の観点を無視する訳にはいかないと考えたのです。
講座名の『数学事始め』通り、数学を伝えるのが目的なので、問題を解くことよりも現代数学入門として書いています。だから導入部はかなり気を付けています。そうではあっても教科書の問題くらい解けるだけの知識は身に付くと思っています。最終目標は、自力で数学の専門書が読めるようになることです。▢
《お詫び》これまでもリンクを設けていましたが、うまくリンクされていないことに最近きづき、気づいた過去記事は修正しました。
※0 整数は環ですが、逆は一般に成り立ちません。例えば、整数には順序(大小)がありますが、この環には順序がありません。詳しくは前回紹介した参考図書をご覧ください。
※1 代数学《群の紹介》をご覧ください。2021年2月に書いたのは、シリーズ1の雑談として今回のような話をしようと考えていたからです。でも内容が一気に難しくなるので、このときは断念しました。
※2 数の集合と演算(代数系入門)では(2)をモノイドにしているので単位元をもつ環です。
今回の話では単位元を持たなくてもいいので、条件を弱めて半群としました。
※3 『理一の数学事始め』は、中3生~高校生~大学生、大人で数学を学び直したい人たちを対象に書いています。当然、シリーズ1「プラス・マイナスの話」もです。読むと、教科書とは異なることに気づくと思います。
※4 はじめて代数学を学ぶのであれば
新妻 弘、木村哲三 共著『群・環・体入門』(共立出版)
もしくは 松坂和夫『代数系入門』(岩波書店)
がお薦めです。雪江、桂、永田 だけで数学科なら本が想像できると思いますが、覚悟が必要です。私は石田で代数を学んだので、新妻・木村は立ち読みでパラパラとめくった程度ですが、数学者になった知人はこれで代数の力を着けました。そういう本なのです。この『演習』はその数学者になった同期から譲り受けたもので、かなりていねいに書かれていることは知っています。
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