前回の話の後半です。
学校教育で中1数学のマイナスの話を授業している教師は、授業では説明しないと思いますが抽象代数学の知識を背景に授業をされていると思います。その背景を紹介しているのが、前々回から続いている話です。今回は3回目に当たります。
(復習:環の定義)
集合 $R$ に2つの閉じた演算 和「+」と積「・」が定義されていて
(1) 和に関して可換群を成し、(2) 積に関して半群を成し、(3) 分配律をみたす
とき、集合 $R$ は環であると言います。▮
(ここから本題)今回は
$a・0=0・a=0, \quad a・(-b)=(-a)・b=-(a・b), \quad (-a)・(-b)=a・b$
が成り立つ理由を説明します。前回の話を仮定して話を展開するので、(1)は解説しません。
(2)と(3)を解説します。
いま積に関して閉じているので、$a, \: b \in R$ に対して、$a・b \in R$ です。
(2) 積に関して半群を成す というのは積に関する結合律
$(a・b)・c=a・(b・c), \quad a, \: b, \: c \in R$
が成り立つことです。つまり、積の順序に依らないということです。
(3) 分配律をみたす というのは、2つの演算(和と積)を結び付ける演算規則
$a・(b+c)=a・b+a・c$ かつ $(a+b)・c=a・c+b・c$
が成り立つということです。1回目で話したように、整数で成り立つ性質から選ばれたものです。2つの演算を考えているのだから自然な要請です。▮
説明の準備が整いました。
まずは $a・0=0$ が成り立つ理由:零元 $0$ を考えると次が成り立ちます(前回)。
$0+0=0$
この等式の両辺に $a \in R$ を掛けます。分配律を使うと
$a・0+a・0=a・(0+0)=a・0$
ですが、この両辺に $a・0$ の逆元 $-(a・0)$ を加えと
$(a・0+a・0)+(-(a・0))=a・0+(-(a・0))$.
この等式の両辺をそれぞれ計算してみると
$(a・0+a・0)+(-(a・0))=a・0+(a・0+(-(a・0)))=a・0+0=a・0$,
$a・0+(-(a・0))=0$.
よって
$a・0=0$
を得ます。同様にして $0・a=0$ も言えます。▮
次は、$a・(-b)=(-a)・b=-(a・b)$ が成り立つこと:この式の主張は分かりますか。
$-(a・b)$ は $a・b$ の逆元(前回)なので、$a・(-b)$ も $(-a)・b$ も $a・b$ の逆元だと主張しています。だから次のようにして示すことが出来ます。
$a・(-b)+a・b=a・((-b)+b)=a・0=0$.
したがって、 $a・(-b)$ は $a・b$ の逆元です。同様にして、 $(-a)・b$ も $a・b$ の逆元であることが言えます。最初の等号は分配律、次は逆元の性質、次は零元の性質です。▮
最後に $(-a)・(-b)=a・b$ が成り立つこと:この式の主張は $a・b$ が $-(a・b)$ の逆元なので、$(-a)・(-b)$ も $-(a・b)$ の逆元であると主張しています。だから上と同じく2式を足してみます。
$(-a)・(-b)+(-(a・b))=(-a)・(-b)+((-a)・b)=(-a)・((-b)+b)$
$=(-a)・0=0$.
したがって、$(-a)・(-b)$ は $-(a・b)$ の逆元なので $(-a)・(-b)=a・b$ です。等号で結ばれているのは、逆元の一意性(前回)によります。▮
3つの証明をみて判るように、分配律が威力を発揮しています。
大学の授業だとセンセが得意顔で説明するか、「これは容易だから各自で解決しなさい」とレポート問題にします。そりゃあ、代数的な見方が出来れば容易ですが、そうなるまでには時間が掛かります。少なくとも私はそうでした。いまは容易ですが、最初は ??? でした。一部の人を除いてそういうものだと思います。
あと1つ話していないことがありますが主要部の説明は終わりました。かんたんでしたか、それとも難しかったですか。先人たちが決めた計算規則の整合性に知見の高さを感じます。人間の叡智はすばらしいですね。▢
余話
受験塾での授業なら、天下り的にマイナスの計算規則を紹介し、テストで点が取れることを目的にすると思います。これならYouTubeで十分です。
なお、前回と今回の話を中学生にするのは無謀です。話者だけの満足で終わってしまいます。中学生には教科書に書かれているような説明が必要だと思います。その説明で満足しなければ、先人が一朝一夕に取得したのでないことと、現代的な見方を話せばいいと思います。
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