2022/11/26

近況報告を兼ねてお薦め本の紹介『若き数学者への手紙』 ついでに素イデアルによる局所化

ここしばらく数学雑談の更新が途絶えてしまっています。拙いブログでも愉しみにされている方には申し訳なく思います。

ここのところ専門の数学が思いの他読めているところです。

みなさんは大学3,4年のゼミ(セミナー)もしくは大学院での研究は満足したものだったでしょうか。私の場合は数学好きの数学オンチのため、学部時代は微分幾何に泣かされました。院生時代は代数的整数論を選んだので、毎週のセミナー準備に追われていました。この他に自主ゼミをしたりと自分のペースよりかなり無理したことをしたので細かい部分が十分に補足できず、血や肉になった感じを得ることなく、さらには新たな結果を論文に書けずに研究したことをまとめただけで終わってしまいました。

知識を付けるために単位や成績に関係なく受けた授業の雑談で話された内容がおもしろく、それをきちんとまとめて数学仲間に紹介をしましたが、自分のアイディアではないので論文にはしませんでした。その問題自体は数学者 矢野健太郎さんの新潮文庫で読んだように記憶しています。その解き方の流れを雑談でしてくれたのです。

このような院生生活でしたが、数学を深められたことに満足をしています。


いまは院生生活と比べたらスローですが、細かい部分・気になる部分も少しずつ埋められているのでよろこびを感じています。知識が増えている分捉え方も変わってきています(※1)。数学書の読み方などは謎の数学者さんの影響をかなり受けていて、いい方向に作用していると思います。

このため現在は『理一の数学事始め』の原稿と動画撮影で精一杯の状況です。


数学の合間や就寝前に軽い本を読んでいますが、『若き数学者への手紙』を読み返していておもしろいと思ったので紹介しておきます。

以前は最初から最後まで書かれているまま通して読んだためか、あまりおもしろいという印象はなかったのですが、いまは順番を無視しておもしろそうなタイトルを選んで読んでいます。これが良いのか、当たり外れはありますがおもしろく読めています。同じ項目を読むこともありますが、読み返すたびに印象が変わります。就寝前なのでそんなに多く読まないのもいい方向に作用しているのかもしれません。この本を読む前は『数学者の視点』を同じように繰り返し読んでいました。▢

紹介した本
    イアン・スチュワート 著『若き就学者への手紙』(日経BP社)
    深谷 賢治 著『数学者の視点』(岩波科学ライブラリー)


※1 つい先日あった具体例を一つ挙げておきます。$p$ を素数とするとき、

$$\mathbb{Z}_{(p)} :=\{\dfrac{a}{\:b\:} \mid a, \: b \in \mathbb{Z}, \: (b, p)=1 \}$$ 
       (ただし、$(b,p)=1$ は $b$ と $p$ が互いに素を表す記号)

と定義すると $\mathbb{Z}_{(p)}$ が有理数体 $\mathbb{Q}$ の部分環であることを確認するのは難しくないのですが、$p$ 進整数 $\mathbb{Z}_p$ を扱うときにこれが出てきます。剰余環の同型で出てくるので深く考えずに受け入れていたのですが、なぜこれを考えるのかが分からなかったのでしばらく自分なりに考えていたら気づいたのです、整数環 $\mathbb{Z}$ の素イデアル $(p)$ による局所化であることに。
代数が得意な人には当然のことなのでしょうが、うまく知識が消化されてないのだとつくづく思いました。

この定義自体が難しくないので、素イデアルによる局所化以外でも例として使われていて、複数の本で見知っていました。局所化を学んだときに例として挙げられていたかもしれませんが記憶にありません。そのときは $(p)$ が素イデアル $p\mathbb{Z}$ と認識していなく、$p$ に関係する記号とだけ捉えていたのだと思います。括弧を付けているのは $p$ 進整数との区別のためとみていました。

数学好きの数学オンチにはこんなことに気づくだけでもおもしろいのです。▮

2022/11/05

高校で学ぶ帰納法から大学で使う帰納法へ ~数学的帰納法~

:証明は後回しにしてクイズなどをたのしんでください。

自然数 $\mathbb{N}=\{1, \: 2, \:3, ...\}$ は大小 ≦ に関して $a\geqq b$ または $a\leqq b$ $(a, \: b \in \mathbb{N})$が成り立ちます(※1)。さらに次が成り立ちます:

命題1 $\mathbb{N}$ の任意の空でない部分集合は最小元をもつ。▮(※2)


$W$ が全順序集合であって、その任意の空でない部分集合が常に最小元をもつとき、$W$ を整列集合といいます。もちろん、$\mathbb{N}$ は整列集合であり、有限な全順序集合も整列集合です。理解を深めるために次のクイズを考えてみてください。

   クイズ 次の集合のうち整列集合をすべて挙げてください。(答えは ※3)
      (1) $W=\{a \in \mathbb{Q} \mid a \geqq -5 \}$
      (2) $W=\{-2, \: -1, \: 0, \:1, \:2 \}$
      (3) $W=\{\frac{1}{\:2\:}, \: \frac{2}{\:3\:}, \: \frac{3}{\:4\:}, \dots , \: \frac{n}{\:n+1\:}, \dots \}$
      (4) $W=\{a \in \mathbb{Q} \mid -1 \leqq a \leqq 1 \}$
      (5) $W=\{p \in \mathbb{N} \mid p は素数 \}$


いま、$W$ を1つの整列集合とします。$a \in W$ に対して

$$W[a]:=\{x \in W \mid x < a \}$$ 

とおきます。もし $a=\text{min} W$ ならば $W[a]=\varnothing$ であり、このときに限ります。


命題2 $V \subset W$ とする。任意の $a \in W$ に対して

$$W[a] \subset V \: \Longrightarrow \: a \in V$$

ならば、$V=W$ である。▮

実際、もし $V\neq W$ ならば $W \setminus V \neq \varnothing$ なので、整列集合の定義から最小元 $a \in W \setminus V$ が存在します。このとき $W[a] \cap (W \setminus V)=\varnothing$ であるから $W[a] \subset V$. したがって仮定から $a \in V$ となります。ところが これは $a$ の取り方 $a \in W \setminus V$ に矛盾します。▮

※ $W \setminus V$ は差集合を表しています:
$$W \setminus V=\{x \in W \mid x \notin V \}.$$


このことから次が言えます:


命題3
 整列集合 $W$ の元に関する命題 $P$ があって、それについて次の(♪)が示されたら、$P$ は $W$ のすべての元に対して成り立つ。

(♪)  任意に $a \in W$ をとる。$x < a$ である各 $x \in W$ に対して $P$ が成り立つと仮定すれば、$P$ は $a$ についても成り立つ。▮

実際、$P$ が成り立つような $W$ の元全体を $V$ とすれば (♪) によって $V$ は命題2の条件をもつからです。▮

この命題3は超限帰納法と呼ばれるものです。つまりクイズの答えの整列集合に関する命題に使えるということです。クイズの(5)の素数に関する証明があったと記憶するのですが、その例が見つけられませんでした。
ちなみに、授業で超限帰納法を学ばなくても証明では帰納法として使われます。確かに帰納法の原理が分かってしまえば受け入れられるように思うし、各自で調べるかレポート問題にすれば十分に思います(※4)。


  クイズ2 次の証明に誤りがあればそれを指摘してください。(答えは ※5)

    「碁石n個の集合があれば、その構成要素の碁石はすべて同色である」

証明 $n=1$ の場合は1個の碁石だからすべて同色である。そこで $n>1$ とし $n$ 個より少ない碁石の場合については正しいと仮定し、$n$ 個の場合を示す。

 $n$ 個の碁石を横一列に並べ、右端の碁石を1個取り除く。すると残りの碁石は $n-1$ 個なので帰納法の仮定から同色である。次に、取り除いた1個を元に戻して左端の1個を取り除く。残った $n-1$ 個の碁石は帰納法の仮定から同色である。したがって $n$ 個の碁石はすべて同色である。▮


余話
大学数学でも帰納法を使います。線形代数が最初だったと記憶しています。その後も代数ではよく出てきます。さて、数学者たちはだいたい次のように帰納法を使います。

「$n$ が1のときは明らかなので、$n$ より小さいときに成り立つと仮定し $n$ のときに成り立つことを示します。・・・」

高校で学んだ帰納法の証明と違ったことに困惑しました。$n=1$ のときを示して、$n=k$ を仮定し $n=k+1$ のときを確認するものと思っているのだから疑問符しか出てきません。学生の反応に「各自であとで確かめてください」と言って先に進んでしまいました。数学のできる人たちにはちょっとした表現の違いは何てことないのかと思いました。

と学生の頃は感じていましたが、こういう帰納法にいつの間にか慣れていました。▢


※1 全順序であるということを軽めにいいました。正しくは 集合Mが全順序であるとは
  順序 ≦ に関して次の3条件+1を満たすことです。

  (1) $a \in M$  ⇒  $a \leqq a$,
  (2) $a \leqq b$ かつ $b \leqq a$  ⇒  $a=b$,
  (3) $a \leqq b$ かつ $b \leqq c$  ⇒  $a \leqq c$,
  (4) $a, \: b \in M$  ⇒  $a \leqq b$ または $b \leqq a$.

  (1)~(3) だけの場合は、Mは順序集合と呼ばれます。


※2 命題1  $\mathbb{N}$ の任意の空でない部分集合は最小元をもつ。

  実際、帰納法によって次のように示せます。
  $M \subset \mathbb{N}, \: \neq \varnothing$ とすると、$M$ は少なくとも1つの自然数を含む。もし $1 \in M$ ならば 1 が $M$ の最小元なので、$M$ が $n$ 以下の自然数を含む場合にはこの定理が成り立つと仮定します。このとき $n+1 \in M$ の場合にも成り立つことを示します。

 もし $M$ が $n$ 以下の自然数を含む場合は帰納法の仮定から $M$ は最小元をもちます。$M$ が $n$ 以下のどの自然数も含まないならば、$n+1 \in M$ が $M$ の最小元になります。▮

※3 (2), (3), (5)  :任意の部分集合が最小元をもつかを確認する。例えば

  (1) $\{a \in \mathbb{Q} \mid a > -5 \}\subset W$
  (4) $\{a \in \mathbb{Q} \mid -1 < a < 1 \}\subset W$

 は最小元が存在しません。


※4 大学の授業だけですべてをカバーすることはできません。興味のある数学は独学するか、友だち同士でセミナーを開くことをします。先輩や大学院生と繋がりをもてると独自研究が捗ります。


※5 $n=2$ として読んでみると、1個を取り除いた残りの碁石は1個なので同色なのですが、その色が取り除いた碁石と同色とは言っていません。取り除いた碁石と残りの碁石が同色という場合には3個以上なければなりません。したがって、もしもこれを帰納法で証明する場合には $n=1$ および $n=2$ の場合を示しておく必要があります。その上で3以上の任意の $n$ に対して、$n$ 個より少ない場合は正しいと仮定することになります。
でも既に気づいている通り $n=2$ の場合に正しいとは言えないので命題は偽です。

これは『代数学入門』の p117 に書かれている誤用例です。2個の場合に成り立たないというのはすぐに気づくのですが、誤りを指摘するとなるとかんたんではありませんね。


参考文献
松坂 和夫 著『集合・位相入門』(岩波書店) 第3章 順序集合 特に、pp99-101.
永田雅宜・吉田憲一 共著『代数学入門』(培風館) 8章 順序集合の利用 pp111-117.
G.チャートランド, A.D.ポリメニ, P.チャン 共著『証明の楽しみ 基礎編』 第9章 帰納法

ちょっと・・・それは・・・ ~ 定義とその周辺の話 ~

内容的には高校数学なのですが高校生には難しいと思います。ただ高校生であっても定義・定理(命題)・公理の区別が出来ているのであればおもしろいと思うし、数学教師志望の教育学部や数学科の学生には興味深い話だと思います。 現在、 『数学事始め』 では指数関数・対数関数の話をしています...