2021/02/20

「解」と「根」を考えていたら、頭が頭痛で痛くなった話

 まず、「解」は「カイ」、「根」は「コン」と読みます。

「アホなこというなや」と思ったかもしれませんが、兆、いや、超まじめに話しています。

高校生以上だったら、「平方根」という言葉を聞いたことがあると思うのですが、その「根」と「解」について話をします。

「解」という数学用語は、方程式や不等式の答えに相当するものでしたね。きちんと言えば次のようになります。実数の世界(同じ数を掛けてマイナスでない世界)で考えると、

方程式 2x+5=-3 …① の解は x=-4 となりますが、その理由は、①の左辺=2x+5 の x に -4を当てはめて計算すると 2・(-4)+5=-8+5=3 となり、①の右辺=3 と一致するからです。言い方を換えると、①の等式が成り立つからです。

では、根とは何かというと、上とまったく同じ説明になります。


違う例でいいます。不等式 2x+5>-3 …②の解の一つに、x=0 があります。なぜ解かというと、②の左辺=2x+5 の x に0を当てはめて計算すると 2・0+5=0+5=5 となって、右辺の -3 よりも大きいからです。言い方を換えると、②の不等式が成り立つからです。

では、x=0 が根かというと、根とは呼びません。


少しだけ違いが分かりましたね。ではこれはどうでしょうか。方程式③の解は、


xは4の平方根なので、x=-2, 2 の2つです。-2 も2も2乗(自乗、平方)すると4になり、右辺の4と等しいからです。
方程式④の解は、x=1 であり、これだけです。1でない数なら、その数から1を引いたら0
ではないので、2乗(自乗)しても0にならないからです。だから、解は1個です。

ところがどっこい、根は1と1の2つです。これを数学では「重根(ジュウコン)」といいます。

やっと本題に入りました。読者はここでふた手に分かれます。東京五輪の翌年1965年を境目として、「根」が姿を消してしまいました。辛うじて「平方根、累乗根」のように名残があるだけです。これにより異様な言葉が中高の数学に出現し、高校生・受験生・高校教師・大学の先生を混乱に陥れました。その正体は「重解」です。「解」という言葉には、種類が内包されているので重なることはないのです。だから「異なる2つの実数解」は頭痛が痛く、「2つの実数解」で十分です。受験問題で「解が2つ」というときに重根の処理がぐだぐだになり、「解と係数の関係」「解の公式」となると、どう理解していいものやら。

初期の頃は、大学の先生方も「重解」を避け、「解が一つ」とか書いていたのに、受験数学に毒された人たちが高校や大学で指導するようになり、もうめちゃくちゃです。でも数学者は何も言いません。「大学に入ってから、きちんと教えるよ」が本音なのかもしれません。

院生時代の仲間で、数学者になった人の話(院生2年)で結びたいと思います:

「大学2年生の頃には、自分の答案は数学的に完璧だと思っていたけど、いまになって思うと、いろいろと穴があったな」▢

2021/02/10

(改題)代数学《群の紹介》~少しだけ背伸びした世界の紹介~

(2021.2.10 正午 一部加筆 ※6)
数学科もしくは理工系の大学1、2年生が学ぶ「群」について少しだけ触れます。ここで躓いてしまった人に向けての内容にもなっています。整数論やGalois理論(ガロア理論)に興味があるのなら、必ずいつかは扱う内容です。
先日まで note で話をしていた「マイナスの整数」で、引き算を「負の整数」を加えることで定義したのも、この「群」を意識してのことです。この概念によって、整数は整備されたのです。(※1)


「自然数」がどのような数なのかを指導するとき、「あなたが『おぎゃー』って泣いてこの世に生まれてきてから、最初に認識した数は何ですか」と聞きます。

多くは 1,2,3,... と答えてくれますが、1割くらいは「0」と答えてくれます。「天才!」です。あなたなら、何と答えてくれましたか。この「0」の発見で、人類はどれほどの恩恵を受けたのでしょうか。(※2)


日本の学校教育では、自然数は1,2,3,4,5,... と教えます。
数学をやっていると自然数に「0」を含めた零以上の整数とすることがよくあり、私も零を含めて考えがちです。なので、数学書を読むときには注意しています。

この自然数(正の整数)の世界では、足し算することができます。任意に2つの数を選んできて足し合わせると、その数はまたその世界の中にあります。(※3)
ということなら、7+▢=10というのも考えたくなりますね。

えっ、なりませんか。
10個の栗饅頭を買ってきたのに、テーブルの上には7個しかありません。きっと、のび太君が何個か食べたに違いありません。
こういうときに、「何個」の代わりに▢を使えば、7+▢=10という式になりますね。これくらいだったら、「かんたんだよ」と言われてしまいそうですが、遊び心は大切です。遊びを愉しむことで、世界が拡がったりします。厳めしい顔をしていると、幸せは逃げてしまいますよ。


夢の中で、はいだしょうこさんの歌う『夢をかなえてドラえもん』が聞こえてきます。

ドラえもんのポケットからは、いくらでも自然数が出てきます。違う数もあれば同じ数もあります。ではその四次元ポケットから、任意に2つの数を取り出してみましょう。自然数は2つの数を足し合わせてもそのポケットの中にその2数の和が見つかるのですから、△+▢=○を考えて、1つを△、もう1つを○に当てはめて、残りの▢に当てはまる数をポケットからみつける遊びをしましょう。

例えば、△=3、○=5であれば、3+▢=5となるので、2を見つければいいですね。

2数を取り出したら、6と6でした。つまり、6+▢=6となります。これに当てはまる▢は見つけられるでしょうか。ありません。自然数だけではこういうことがあります。自然数に「0」を含めておけばよかったですね。

もう少し、続けてみましょう。2数を取り出したら7と5です。順に△、○に当てはめてみると、7+▢=5となります。このような▢はポケットの中にみつかるでしょうか。0が入っていても見つけられませんね。

そこでドラえもんは考えました。横棒を数の前にくっつけたものをつくりだしたのです。

こうすると、どのように選んでも、どのように当てはめても、いつでも必ず一つ、▢に当てはまる数がみつけられるようになったのです。


どこからか、はいだしょうこさんの歌声が聞こえてきます:『君をのせて』

「さあ出かけよう 数学の本 えんぴつノート鞄に 詰め込んで~♪」



ここからが今回の主題です。枕が長い柳家喬太郎さんの落語「コロッケそば」のようです。

夢から覚め、夢の内容を代数の「群」を使って説明してみます(※4)

自然数の集合をNと名付けます。Nから任意に2つ a, bを選び、演算「+」を考えることにします。このとき、a+bの結果は再びNに入っています。

では次に、Nから任意に3つ a, b, c を選び、(a+b)+c と a+(b+c) を考えてみると、両方の結果は等しくなります。

次に、Nから任意に a を選んだとき、a+e=e+a=a を満たす e がNの中に見つかるでしょうか。残念ながら見つかりません。だから、Nは群ではありません。
でも、G1まではいえたので、半群と呼ばれます。

「0」を含めた自然数を考えるとG2までいえますね。e に相当するのが0です。でもG3がいえないので、やはり群ではありません。でもモノイドと呼ばれます。

負の整数まで含めた世界「整数」を考えると、G3もいえて3つの条件をすべて満たします。だから「群」です。整数は一般にZで表されます。(※5)

ここまでくると足し算を自由に考えることができます:a+x=b をみたすxはただ一つ見つかり、aとbに依存するので、それをb-a と書くことにします(※6)。では、そのようなxを見つけてみると、b+(-a) がそれに当たります。実際、
a+(b+(-a))=a+((-a)+b)=(a+(-a))+b=0+b=b となるので、a+x=bを満たします。そのようなxはただ一つなので、b-a=b+(-a)ということです。

最後の議論と似たことを、高校数学Bのベクトルでもやっているようです。大学に入って、このような議論を最初に学ぶのは、抽象代数学ではなく、線形代数の線形空間のところだと思います。もし数学B、または線形代数の本を持っているのなら確かめてみてください。▢

このブログの動画はこちら(←YouTube)をご覧ください。2倍速でも聴けると思います。


※1 群は「むれ」ではなく、「グン」と読みます。

※2 吉田洋一著「零の発見」(岩波新書 赤)

※3「任意に」…「どれでも好きなように」、「選ぶことなく自由に」と考えればいいと思います。
この言葉はよく使いますので慣れてください。法律では使われているようですが、日常生活ではふつう使われないと思います。英語だと any に当たります:Pick up any card.(どれでも好きなカードを一枚引いてください)とマジシャンのいう科白です。


※4 ある空でない集合Gがあって,その集合Gの2つの元a,bに対して、演算「・」を考えたとき,その演算の結果a・bが再びGの元であったとします.この演算に関して,

G1 (a・b)・c=a・(b・c) 【結合律】
G2 a・e=e・a=a なるeがGの中に存在する【単位元の存在】
G3 a・x=x・a=e なるGの元xがaに対して決まる【逆元の存在】

が、任意のGの元a, b, cに対して成り立つとき,集合Gは群を成すといいます.
今後,「群G」と書いたら,集合Gに何らかの演算が与えられていて,その演算に対して上の3つが成り立つということです.演算を強調して,群(G, ・) と書いたりもします.表現の仕方は使う人に依りますので,慣れるしかありません.尚、単位元とか逆元は一意性(ただ一つしか存在しないという性質)を持っています。
この群に関しては、youtubeでいろいろな人が話されています。数学系で有名と思われるヨビノリさんも取り上げています。


※5 自然数の記号は、natural number(自然数)の頭文字で、太文字Nで表されます。
整数の記号は、ドイツ語のzahl (「数」を意味する) 複数形 zahlen(ツァーレン)の頭文字からつけられた記号で、太文字Zで表されます。私は、Nを使わずにZの右下に小さめに「>0」を付けて表します。これを用いると、0を含めた自然数はZの右下に小さめに「≧0」を付けて表現できます。

実は、私自身は「自然数」という言葉を使いません。指導上、やむなく使うことはありますが、正の整数とか0以上の整数とかで代用します。混乱のないようにしているからです。


※6 7+▢=10 のとき、▢は10-7で求められます。これにより、a+x=b において、xを b-a と定義するのは自然です。


最後に、謎の数学者が「数学の学び方」を話されています。とても良い内容です。「こんにちは、数学者です」で始まります。その数学者自身が、動画の中で話してしまっているので調べれば直ぐに正体が判るのですが、そっとしておきましょう。とても素敵な数学者です。40年前に出会いたかったです。数学者の話が聴けるのですから、いい時代になりました。日本人の数学者で、日本語で話してくれています。私は、即日、チャンネル登録しました。

2021/02/07

ルートの夢

 0,1,2,3,4,5,6,7,8,9

十進数を織りなす数である。


オープニング:はいだしょうこさんが歌う『夢をかなえてドラえもん


ぼくの名前は「はじめ」、「一」と書いて「はじめ」です。父親譲りで、頭がルート記号のような形をしている。夕べ、おかしな夢をみた。


0…これがいなければ十進法自体が存在しない。この世には欠かせない数。この数の発見は
  人類にとって偉大な業績だ。(※1)

1…はじまり。ぼくの名前でもある。0と1さえあれば、いくらでも大きな数を表すことが
  できる。0も1も数学をする上で欠かせない。可換環論になくてはならない存在だ。

2…素数の中で唯一の偶数。だから整数論では特別扱いされる存在でもある。残念ながら、
  いい意味ではない。

3…最小の奇素数。三原色の3、三位一体の3。ミスター長嶋の背番号3。輝いている。

4…最小の平方数。もちろん、特別な数0や1を除いての話だ。

5…5べきはmod10で5。実に潔い。掛け算九九では5の段を始めに覚えた。
  五、十、十五、二十、二十五、三十、…

6…完全数。恍惚となれる不思議な数。5と同じく、6べきはmod10で6。
  6の自乗も、6の3乗も、6の4乗も、何乗しても一の位は6だ。

7…?

8…最小の立法数。2×2×2=8。

9…平方数。3×3=9。


「1,4,9。僕の中に入れると1,2,3だ」

「ねえ、博士。7って、何のおもしろみもないの?」

「そんなことないさ。7が欠けてごらん。せっかくの十進表記が台無しじゃないか。ルートはいちごの欠けたショートケーキは好きかい?」


「いちごが乗ってるショートケーキなら好きだよ。いちごは最後までとっとくんだ。そして最後に、ちょっとクリームのついたいちごをおいしく味わってケーキの時間は終るんだ」


「そうだろ。7はそういう存在だ。7は3と5と一緒になると輝きを増すんだ。双子素数はたくさん見つけられるが、3,5,7のような三つ子素数は、これしかないんだ」


「ふーん、そうかあ」


「何一つとして欠けてはいけないんだ。静かな数論の世界を破壊してはいけない」


目覚ましのアラームで目が覚めた。
「おかしな夢を見たものだ。夕べ遅くまで、未解決問題を考えすぎたのがいけなかったのかもしれない。数論の世界に移住し、静に暮らしている博士が私を心配して訪ねてきてくれたのだろうか」


エンディング:はいだしょうこさんの歌う『ひこうき雲


書斎の机上には、(11,13), (17,19), (29,31),...と書かれた紙がちらばっている。▢


※1 吉田洋一著『零の発見』(岩波新書 赤)は、広く読まれている本だと思います。

2021/02/06

【雑談は数学の肥やし】記号「×」には可換性が仮定されていません。

 ※これは数学事始め(note)『いまさらきけない整数(プラス・マイナス)の掛け算(後)』
に書いた再録です。

数学では、記号「×」は記号「+」と違い、順番を入れ替えていいという約束はありません。「掛ける」というときには、同じ世界のものを掛けることよりも、別な世界のものを掛けることが多いのです(※2)。前回挙げた例(※3)では、例3のみが同じ世界の量を掛けていて、残りは別な世界の量を掛けていますね。このように掛け算には「操作」という感じがあるので、順番を違えたとき同じ結果が得られるかどうかは場合に依ります。想像して下さい:
⓪ご飯を盛ってカレーを掛ける:カレーを掛けてご飯を盛る
①靴下を履いて靴を履く:靴を履いて靴下を履く
②粉薬を飲んで水を飲む:水を飲んで粉薬を飲む
③お尻を拭いてからパンツを履く:パンツを履いてからお尻を拭く
⓪は問題ないと思いますが、①-③は問題ありますよね。▢

※1 森 毅 著『線型代数 生体と意味』(日本評論社)の82頁下から10行目にこういう記述があります:"元来,〈積〉というものは,異質なもの同士がかけ合わしやすいので,…"

※2 前回紹介した例たち:
例1.1人7杯ずつラーメンを食べるとする。4人だと全部で何杯食べることになるか。
例2.ガソリン1ℓで20km走れる自動車があるとする。40ℓのガソリンだと
何km走ることができるか。
例3.直径が3mある大木の切り口の面積は、どれくらいの広さがあるか。ただし、切り口は真円であると仮定する。
例4.税込み2万円もするスニーカーが30%引きで売られていた。いくらで購入することができるか。

ちょっと・・・それは・・・ ~ 定義とその周辺の話 ~

内容的には高校数学なのですが高校生には難しいと思います。ただ高校生であっても定義・定理(命題)・公理の区別が出来ているのであればおもしろいと思うし、数学教師志望の教育学部や数学科の学生には興味深い話だと思います。 現在、 『数学事始め』 では指数関数・対数関数の話をしています...