2022/10/29

パスカルの解法とパスカルの三角形の由来 ~パスカルとフェルマの考えた問題 [後] ~

前回は確率のはじまりといわれるパスカルとフェルマの考えた問題とフェルマの解答を紹介しました。今回はパスカルの解答を紹介します。


(再掲)【賭け金分配問題】
2人のプレーヤーがいくらかの賭け金を出してゲームを始めたところ、途中で中止しなければならなくなったという。このとき、賭け金をどのように分配すれば公平であろうか。


フェルマと同じく、次のパチオリの問題でパスカルの考えたことを紹介します:

「技量の等しいAとBがいくらかの賭け金を出してゲームを行い、先に6回勝った方が賭け金を全部もらえることにした。ところが、Aが4回、Bが3回勝ったところでゲームを中止しなければならなくなった。賭け金をどう分配すれはよいか。」


便宜上、それぞれの賭け金を点数化して32点ずつ賭けたとし、計64点の分配を考えます。また、Aがa回、Bがb回勝ったことを (a, b) と書くことにします。
パスカルは (5, 4) の状態での分配から考えました。
次にAが勝てば (6, 4) となり64点もらえます。Bが勝った場合は (5, 5) となるので32点ずつ分配するのが妥当です。そこでAはBにこのように持ち掛けます。

A「負けたとしても32点はもらえる。残りの32点だが、次にどちらが勝つかは同じだけチャンスがあるのだから半々に分けるのが妥当ではないか。だから48点と16点で分配しよう」
      (この考えを受け入れるかどうかという問題はあります)

次に考えたのは (5, 3) の状態からの分配です。
次にAが勝てば (6, 3) となり64点もらえます。Bが勝った場合は (5, 4) となりますが、これは先ほど考えた場合なので A48点, B16点 がもらえます。だからAは負けたとしても48点はもらえます。残りの16点は先ほどと同じで半々に分けるのが妥当です。
よって、 A 56点, B 8点 と分配するのが妥当と考えられます。


パスカルの考えでうまいのは帰納的に考察している点です。


ではいよいよ (4, 3) のときの分配を考えてみましょう。
(ここで考えを整理するために、少し自分で考えてみるのもおもしろいと思います)

次にAが勝てば (5, 3) となるので、先ほどの考えからA 56点, B 8点 もらえます。Bが勝った場合は (4, 4) となるので半々の32点ずつの分配になります。ということは、勝っても負けても A 32点, B 8点 がもらえます。ということは残りの24点の分配を考えますが、勝つチャンスは同じなので半々に分けるのが妥当です。
よって、 A 44点, B 20点 と分配するのが妥当だと考えられます。


この結果は、前回紹介したフェルマの分配の仕方と同じです。フェルマは 11:5 で分配すると結論を出しましたが、パスカルの結果も 44:20=11:5 です。解に到る経路は異なりましたが、同じ結論を得ました。フェルマは勝つチャンスの割合で分配し、パスカルは帰納的な考えを用いて分配しました(※1)。



パスカルはこのように帰納的に考察し、パスカルの三角形を用いて完全に解決したと言われています。この過程で二項係数の性質

$$\dbinom{n}{k}+\dbinom{n}{k+1}=\dbinom{n+1}{k+1}$$

も示したそうです。なお、$\dbinom{n}{r}={}_n C_r$ (二項係数) です。
どのようにパスカルの三角形を使うかを高校数学で学ぶ確率を利用して説明します。

Aが $a$ 勝、Bが $b$ 勝すれば勝負がつくとすると $a+b-1$ 回以内で勝負がつきます。また、技量が等しいので1回の勝負でA,Bそれぞれの勝つ確率を $\dfrac{1}{\:\:2\:\:}$ とします。
このときAが $a+b-1$ 回中 $r$ 回勝つ確率は

$$\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^r \big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1-r}=\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}$$

となります。

したがって、Aが $a+b-1$ 回中 $a$ 回以上勝つ確率$P(A)$は

$$P(A)=\displaystyle \sum_{r=a}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}.$$

同様にして、Bが $a+b-1$ 回中 $b$ 回以上勝つ確率$P(B)$は

$$P(B)=\displaystyle \sum_{r=b}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}$$

です。分配の仕方は期待値の比ですが、この場合は確率の比と同じです。したがって

              $P(A) : P(B)$
$$=\displaystyle \sum_{r=a}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}:\displaystyle \sum_{r=b}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}$$
           $=\displaystyle \sum_{r=a}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}:\displaystyle \sum_{r=b}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}.$


したがって、パスカルの三角形があればかんたんに計算ができます。
パチオリの問題に適用してみます。Aはあと2回、Bはあと3回勝てばゲームは終了します。だから4回以内に終わるので、次の三角形で十分です。


パスカルの三角形の対称性 $\dbinom{n}{r}=\dbinom{n}{n-r}$ から、赤い部分がAで緑の部分がBです。
つまり
$$P(A):P(B)=(1+4+6):(4+1)=11:5$$
と分かります。このようにパスカルの三角形さえあればかんたんに計算できます。

パスカルの三角形と呼ばれるようになったのは以前から知られていた 数の三角形 を確率計算に使ったこともあると思いますが、帰納的推論が高く評価されたというのもあるようです。メレをはじめとする賭博師たちもこの結果に納得したと思います。▢


※1 現代の視点だといずれも期待値の計算です。パスカルはパチオリの 4:3 を支持していたようですが、フェルマの指摘により考えを改めたという記述もあります。誤りを認めることも指摘することも同じ結果を得ることもフェルマの洞察力にも感心させられます。
確率論の延長線上にルベーグ積分(解析学)があります。私の知らない世界なので、興味があれば各自でお楽しみください。


参考文献
       渡部 隆一 著『確率』(共立出版)
       E.T. ベル 著『数学をつくった人びと(上)』(東京図書)
       数学セミナー増刊『100人の数学者』(日本評論社)
       吉永 良正 著『数学を愛した人たち』(東京出版)

最初にパスカルとフェルマの往復書簡を知ったのは
        矢野 健太郎 著『すばらしい数学者たち』(新潮文庫)
でした。
※ (4, 3) に対する考え方は上の参考文献には書かれていないのですが、ずっと昔、高校生の頃に矢野健太郎氏の本で読んだように記憶しているのですが、どの本だったのか覚えていません。講談社現代新書だったかな...

2022/10/22

確率論の始まりとフェルマの解答 ~パスカルとフェルマの考えた問題 [前] ~

B.Pascal(パスカル 1623-1662)とP.Fermat(フェルマ 1607-1665)の1654年7月ー10月に交わした往復書簡(8通)が確率論のはじまりと言われています。

パスカル:「人間は考える葦である」(パンセ)、パスカルの原理(圧力の原理)、幾何学
フェルマ:フェルマの最終定理、微分、解析幾何学、数論

が直ぐに思い浮かびます。この2人(当時 31歳、47歳)の往復書簡はパスカルの知人メレ(賭博師)から出された問題解決のためのものでした。

メレからの質問は2つで「勝つ見込み」と「賭け金分配」です。ここでは「賭け金分配」について取り上げます(※1)。


賭け金分配問題
 2人のプレーヤーがいくらかの賭け金を出してゲームを始めたところ、途中で中止しなければならなくなったという。このとき、賭け金をどのように分配すれば公平であろうか。


この問題はその当時のギャンブラーにはよく知られていたらしく、イタリアの数学者パチオリ(Pacioli 1445-1515)が著書で書き残しているそうです。


「技量の等しいAとBがいくらかの賭け金を出してゲームを行い、先に6回勝った方が賭け金を全部もらえることにした。ところが、Aが4回、Bが3回勝ったところでゲームを中止しなければならなくなった。賭け金をどう分配すれはよいか。」パチオリ


パチオリは勝ち数に比例した 4対3 で分ければよいと考えたらしい...これをメレが質問したということは、この答えに疑問を持っていたと考えられます。この問題をめぐって往復書簡がはじまったということです。パスカルはフェルマに間違いを指摘されたようですが、結局は2人とも別々に同じ解答を得たとのことです。

みなさんはどのように解かれるでしょうか。今回はフェルマの方法を紹介します。



フェルマの解法
あらゆる勝ち負けの可能性を考え、Aの勝つチャンスとBの勝つチャンスの比で分配する。

パチオリの問題を解いてみます:
Aはあと2勝、Bはあと3勝すれば賞金が全部もらえます。したがって多くて4回の勝負でゲームは終了します。これを踏まえて勝負の可能性を書き上げてみます。

Aが勝つことを〇、Bが勝つことを●で表すと次の通りです。($2^4=16$ 通り)

         〇〇〇〇  〇〇〇▲  〇〇▲〇  〇▲〇〇
         ▲〇〇〇  〇〇▲▲  〇▲〇▲  ▲〇〇▲
         〇▲▲〇  ▲〇▲〇  ▲▲〇〇  〇▲▲▲
         ▲〇▲▲  ▲▲〇▲  ▲▲▲〇  ▲▲▲▲

これら16通りはすべて同じよう現れると考えられる。Bが賞金をもらえるのは下線を付けた5通り、Aが賞金をもらえるのは残りの11通り。
よって、賞金を AとBの比を 11対5 で分配すればよい。▮



参考文献
       渡部 隆一 著『確率』(共立出版)
       E.T. ベル 著『数学をつくった人びと(上)』(東京図書)
       数学セミナー増刊『100人の数学者』(日本評論社)
       吉永 良正 著『数学を愛した人たち』(東京出版)

※1 渡部隆一氏の『確率』に書かれている問題と答え(pp.64-65)
  問題 2つのサイコロを何回か投げて少なくとも1回6のぞろ目が出たら勝ちとする。
    このゲームにおいて、内科医投げれば勝つ見込みができるか。
  
  答え 25回以上投げる

2022/10/15

実数で混乱したら読む話

※ 2022.10.15 一部加筆しました。

 いま『数学事始め』で不等式の証明を話しています。不等式の証明の1回目に、不等式を証明するときの前提を話しました。

    23.09 式と証明「不等式の証明 公理」 (クリックすれば見られます)

高校生には難しい話なのですが、『数学事始め』は数学を学び直したい人向けに書いているので、中学や高校の数学を逸脱することもときどきあります。そういうときは、これから先に何を学ぶのかをたのしみしてもらおうという考えで書いています。


さて、不等式で前提にする話を書きながら、大学数学に触れたときの混乱を思い出しました。高校数学Ⅲの微積分とも関連するのですが、「微分積分」での実数と「線形代数(代数)」での実数は仮定していることが少し異なります。

数学を教えている人にとっては自明のことなのでしょうが、初めて学ぶ人にとってはとても不親切です。


まず説明しやすい 線形代数(代数) での実数から話をします。

指導者や本にもよりますが (タイ)を大抵Kで表し、体を知らない場合は実数や複素数と仮定しなさいと教えます。このときの体というのは、集合Kが四則演算で閉じていることを仮定しています。高校数学までに学んだ計算ができることを前提にしています。
※ 体をKで表すのは、ドイツ語で体(からだ)がKörper(ケルパー)だからです。

つまり、線形代数での実数は「四則演算ができる」ことだけを仮定しています。代数で体を学ぶとこのことが書かれています。さらに実数や複素数以外の体、特に有限体を学んで抽象度が上がります。線形代数で体としているのは、その体が有限体などでもいいことを主張しているからです。ガロア理論まで学ぶと有難みが分かります。


次に高校数学での実数について話します。

四則演算だけでなく、絶対値の性質、常に大小関係が成り立つことや連続性までも仮定されています。直観的に言えば、数直線上の点全体です。なので微積分のときに少し混乱が生じます。実数の連続性を仮定しているので、ロルの定理、中間値の定理および平均値の定理に有難みを感じません。微分積分学の基本定理らしい証明が書かれていても、雰囲気だけを感じるものになっています。

なので大学数学を意識して書くのでなく、どのように使うかを前面に押し出して書いてしまう方がいいように思います。


最後に大学数学の微分積分での実数について話します。

高校数学までは実数の連続性を仮定して話を進めていたのですが、同じ微分積分をやっているのに様子が違います。実数についての議論が始まります。

「実数とはなにか」

こう言われても高校数学を通して数直線上の点だと認識しているのでとても困ります。線形代数でも実数を扱っているので混乱していまいます。教えている側はそんなことまで気が回らないので学生の混乱に気付きません。きちんと前提を確認しなければならないのに、それを疎かにしてしまいます。

では何を前提に話しているのでしょうか。

・四則演算で閉じている
・全順序である(大小関係が成り立つ)
・絶対値が定義されている
・高校までに学んだ無理数やその計算の仕方を知っている

の4つです。抜けているのは連続性です。微分を定義するときに困るので、どのように連続性を定義するかが問題になるのです。このときに コーシー(A.L.Cauchy) が話題に挙げられたりします。微分に整合性を持たせるために実数をどう定義するかの話になります。

[加筆] 四則、全順序、絶対値までは有理数のことです。ピタゴラス学派によって無理数が発見され、数直線上に有理数を並べてみたら穴が開いていたのです。そこで数の要請としては穴がないようにしたいので連続性の話になり、これを実数としようというのです。
  

何を公理(要請)にするかが問題です。

・デデキントの公理(切断)
・ワイエルストラスの公理(上限の存在)
・有界な単調数列は収束する
・アルキメデスの原理と区間縮小法

これらは互いに同値なので、どれを前提にしても実数を構成できます。この辺りまで話が進むと全体像が分かり難く、森を彷徨っている感じです。でもこれによって連続であることがとても有難く感じます。ロルの定理などにも意味を見出せます。


実数の構成方法にはコーシー列を利用する方法もあります。代数的にはこちらの方が有難いのですが、これを理解するまでに代数の知識、位相の知識が必要になります。

           松坂 和夫 著『代数系入門』(岩波書店)

に詳しく書かれています。p進数の完備化では助けられました。


実数を俯瞰してみると、結局、何を要請するかです。
0を含む自然数から数を学び、自然に大小関係があると認識します。そして正の分数や小数および四則計算を学び、数(スウ)は大小関係や四則計算があると自然に認識します。負の数や無理数を学んでもこれは変わりません。絶対値や不等式も自然に受け入れ、いつの間にか実数は数直線上に現れる数と認識しています。

突然、大学数学になると実数とは何かとか言われたり、四則計算だけが仮定されたりして混乱しますが、冷静にみると実数はいろいろな条件を要請されたものだと分かります。ここまでくると数列の極限に意味を見出せ、関数の極限との関係にも気づきます。

少しは混乱がほどけたでしょうか。▢

2022/10/08

式 x + 1/x と相反方程式  ~入試問題の元ネタ~

受験数学でよくみる問題に

        「$a+\dfrac{1}{\:\:a\:\:}=4$ のとき、$a^2+\dfrac{1}{\:a^2\:}$ の値を求めよ」

というのがあります。高校の頃に使っていた受験問題集では $a+\dfrac{1}{\:\:a\:\:}$ の形を何度も目にしました。$a \cdot \dfrac{1}{\:\:a\:\:}=1$ となるからだと思っていたのですが、元々は特殊な方程式を解くときの道具でした。

多項式
$$f(x)=c_0x^n+c_1x^{n-1}+c_2x^{n-2}+ \cdot +c_n \:\: (c_0 \neq 0, \: c_i \in \mathbb{R})$$
において、$c_i=c_{n-i} \: (i=0, \:1, \:2, \dots , \: n)$ が成り立つとき、$f(x)$ を相反多項式、$f(x)=0$ を相反方程式と呼びます。(※1)

例1 (相反多項式)
① $f(x)=x^4+3x^3+2x^2+3x+1$ ② $f(x)=x^5-2x^4+x^3+x^2-2x+1$


相反方程式を解くときに $x+\dfrac{1}{\:\:x\:\:}$ が使われます。具体的にみてみましょう。


例2(相反方程式①)$x^4+3x^3+2x^2+3x+1=0 \:\: (x \in \mathbb{C})$ を解いてみます。

$x=0$ は解ではないので、両辺を $x^2 \neq 0$ で割ると
$$x^2+3x+2+\dfrac{3}{\:x\:}+\dfrac{1}{\:x^2\:}=0,$$
$$\Big(x^2+\dfrac{1}{\:x^2\:}\Big)+3\big(x+\dfrac{1}{\:x\:}\big)+2=0.$$

ここで、$t:=x+\dfrac{1}{\:x\:}$ とおくと $t^2-2=x^2+\dfrac{1}{\:x^2\:}$ となる。したがって
$$t^2+3t=0,$$
$$t=0, \: -3.$$
i) $t=0$ のとき
$$x+\dfrac{1}{\:x\:}=0,$$
$$x=\pm \sqrt{-1}.$$
ii) $t=-3$ のとき
$$x+\dfrac{1}{\:x\:}=-3,$$
$$x=\dfrac{-3 \pm \sqrt{5}}{2}.$$
よって
$$x=\pm \sqrt{-1}, \: \dfrac{-3 \pm \sqrt{5}}{2}. \: ▮$$

(補足)$x+\dfrac{1}{\:x\:}=-3$ ⇒ $x^2+3x+1=0$ ⇒ $x=\dfrac{-3 \pm \sqrt{5}}{2}.$


例3(相反方程式②)$f(x)=x^5-2x^4+x^3+x^2-2x+1=0 \:\: (x \in \mathbb{C})$ を解く。

$f(-1)=0$ となるので $f(x)$ は $x+1$ を因数にもつ。
$$f(x)=(x+1)(x^4-3x^3+4x^2-3x+1).$$
したがって
$$x^4-3x^3+4x^2-3x+1=0$$
を解く。両辺を $x^2 \neq 0$ で割ると
$$x^2-3x+4-\dfrac{3}{\:x\:}+\dfrac{1}{\:x^2\:}=0,$$
$$\Big(x+\dfrac{1}{\:x\:}\Big)^2-3\Big(x+\dfrac{1}{\:x\:}\Big)+2=0,$$
$$\Big(x+\dfrac{1}{\:x\:}-1\Big)\Big(x+\dfrac{1}{\:x\:}-2\Big)=0.$$

i) $x+\dfrac{1}{\:x\:}-1=0$ のとき
$$x=\dfrac{1 \pm \sqrt{-3}}{2}.$$
ii) $x+\dfrac{1}{\:x\:}-2=0$ のとき
$$x=1\:(重根).$$
よって
$$x=-1, \: 1\:(重根), \: \dfrac{1 \pm \sqrt{-3}}{2}. \: ▮$$

: $x=-1$ は $x+1$ を因数に持つからです。


このように式 $x+\dfrac{1}{\:\:x\:\:}$ が使われます(※2)。なお、いまは大学の授業で相反方程式を扱うことはないと思います。線形代数を教えるようになる以前の「代数と幾何」を授業でやっていた頃はあったと思います。最初の値を求める問題は、その頃に入試問題として出題されたのだと思います。誘導で相反方程式を解かせていたかもしれません。▢

おまけ 方程式 $2x^6-11x^5+17x^4-17x^2+11x-2=0 \:\: (x \in \mathbb{C})$
   を解いてみてください。


※1 相反方程式という場合、ここでの定義でなく条件を強くした偶数次数とする場合もあります。このときは $t:=x+\dfrac{1}{\:x\:}$ と置いて解くことが出来ます。
他に $a$ を根に持つとき $\dfrac{1}{\:a\:}$ を根にもつという条件を定義にすることもあります。最後の "おまけ" がこれにあたります。

※2 奇数次の相反方程式は $x+1$ を因数に持ちます(各自で考えてみてください)。偶数次の相反方程式は ※1 にある通りです。


参考文献
岩切晴二 著『代数学・幾何学詳説』(培風館)p.61
永田雅宜・吉田憲一 共著『代数学入門』(培風館)pp.183-187


おまけのヒント
:$x^3$ で割ってみると気づくかと思います。$x-\dfrac{1}{\:x\:}$ を因数にもちます。

おまけの答え $x=\pm 1, \: 2, \: \dfrac{1}{\:2\:}, \: \dfrac{3 \pm \sqrt{5}}{2}$

2022/10/01

数学少年が一度は憧れる場所  ~この話はどこに向かっていくのか⑥終~

最初に、皆さんに紹介したい本を提示します。数学に興味があれば一度は目にしているかもしれませんし、既に読まれてるかもしれません。

   加藤 和也 著『フェルマーの最終定理・佐藤-テイト予想解決への道』
                      (類体論と非可換類体論1)


大学入試問題の数学が解けなくても数学をたのしむことはできます。歴史クイズが解けなくても歴史がたのしめるのと同じです。文系、芸術系、体育系とか関係なく、もちろん学歴や年齢にも関係なく、興味を持ったら数学をたのしんでください。


数学への興味の持ち方はいろいろです。

フィールズ賞(数学の賞)を日本人数学者が受賞しニュースで大々的に取り上げられ、その数学に興味を持つとか。教科書に書かれている数学者の逸話に興味をもつとか。数学教師の数学雑談で未解決問題を知るとかたくさん考えられます。

よくあるのは2次方程式の根の公式(解の公式)を学び、3次方程式・4次方程式には根の公式があるが、5次以上の代数方程式は一般に解けないということです。これを解決した数学者の一人アーベルの28歳での病死や、もう一人の数学者ガロアの決闘のために20歳で亡くなったことなどは衝撃的です。

階乗が使われる例として書き始めたn次対称群および交代群が5次以上の代数方程式には根の公式が存在しないことに大きく関わっています。それを紹介している啓蒙書なら、根の置換と対称群・交代群には触れていると思います。でも啓蒙書は動機を与えるものなので、詳しいことは分かりません。わたしも数冊読みましたが、雰囲気だけしか掴めませんでした。

この話が書かれている啓蒙書のタイトルには『ガロア理論』(※1) が入っています。専門書なら 群・環・体・ガロア理論 という並びで書かれていることが多いです。専門書に


   E.アルティン 著『ガロア理論入門』(東京図書、ちくま学芸文庫)


があります。線形代数だけを前提に書かれているというので購入したのですが、その当時の私には読めませんでした。結果的に読んだのですが代数の本でガロア理論を学んだ後です。

ガロア理論の概要を啓蒙書で掴んだ後は、代数学の入門書で「群・環・体・ガロア理論」を学ぶ方が早いと思います。数学への興味は「なぜ成り立つのか」を自分の頭で理解したいというところにあると思います。結果だけで満足するのでなく、理由も知りたくなるのが常だと思います。


代数学を独学するなら

         新妻 弘, 木村 哲三 共著『群・環・体 入門』

が読みやすく、代数の基本が身に着けられます。
代数学の入門書は数多あります。

      石田 信 著『代数学入門』、松坂 和夫 著『代数系入門』

をお薦めしますが、専門書の選び方・読み方は 謎の数学者さんのYouTubeチャンネル がとても参考になります。その方法を実践している感想です。大学・大学院時代に知っていたら少し人生が変わっていたかもしれません。


ガロア理論は「5次以上の代数方程式が一般に解けない」を超えて応用されています。その一つに整数論があるのですが、高木貞治の『類体論』もその一つです。最初に提示した加藤和也さんの本を読むとそれがよく分かります。『類体論と非可換類体論1』は物語の導入ですが、ガロア理論や整数論に興味があればおもしろいと思います。非可換類体論はラングランズ予想の話です。動画 Langlands Program が参考になります。

これからも数学をたのしみましょう。▢

※1 ガロア理論、ガロワ理論、Galois 理論などと表記されています。E.Galois はフランス人で、Galois の音は「ガロワ」の方が近いと思いますが、「ガロア」表記の方が多いです。

ちょっと・・・それは・・・ ~ 定義とその周辺の話 ~

内容的には高校数学なのですが高校生には難しいと思います。ただ高校生であっても定義・定理(命題)・公理の区別が出来ているのであればおもしろいと思うし、数学教師志望の教育学部や数学科の学生には興味深い話だと思います。 現在、 『数学事始め』 では指数関数・対数関数の話をしています...