前回は確率のはじまりといわれるパスカルとフェルマの考えた問題とフェルマの解答を紹介しました。今回はパスカルの解答を紹介します。
(再掲)【賭け金分配問題】
2人のプレーヤーがいくらかの賭け金を出してゲームを始めたところ、途中で中止しなければならなくなったという。このとき、賭け金をどのように分配すれば公平であろうか。
フェルマと同じく、次のパチオリの問題でパスカルの考えたことを紹介します:
「技量の等しいAとBがいくらかの賭け金を出してゲームを行い、先に6回勝った方が賭け金を全部もらえることにした。ところが、Aが4回、Bが3回勝ったところでゲームを中止しなければならなくなった。賭け金をどう分配すれはよいか。」
便宜上、それぞれの賭け金を点数化して32点ずつ賭けたとし、計64点の分配を考えます。また、Aがa回、Bがb回勝ったことを (a, b) と書くことにします。
パスカルは (5, 4) の状態での分配から考えました。
次にAが勝てば (6, 4) となり64点もらえます。Bが勝った場合は (5, 5) となるので32点ずつ分配するのが妥当です。そこでAはBにこのように持ち掛けます。
A「負けたとしても32点はもらえる。残りの32点だが、次にどちらが勝つかは同じだけチャンスがあるのだから半々に分けるのが妥当ではないか。だから48点と16点で分配しよう」
(この考えを受け入れるかどうかという問題はあります)
次に考えたのは (5, 3) の状態からの分配です。
次にAが勝てば (6, 3) となり64点もらえます。Bが勝った場合は (5, 4) となりますが、これは先ほど考えた場合なので A48点, B16点 がもらえます。だからAは負けたとしても48点はもらえます。残りの16点は先ほどと同じで半々に分けるのが妥当です。
よって、 A 56点, B 8点 と分配するのが妥当と考えられます。
パスカルの考えでうまいのは帰納的に考察している点です。
ではいよいよ (4, 3) のときの分配を考えてみましょう。
(ここで考えを整理するために、少し自分で考えてみるのもおもしろいと思います)
次にAが勝てば (5, 3) となるので、先ほどの考えからA 56点, B 8点 もらえます。Bが勝った場合は (4, 4) となるので半々の32点ずつの分配になります。ということは、勝っても負けても A 32点, B 8点 がもらえます。ということは残りの24点の分配を考えますが、勝つチャンスは同じなので半々に分けるのが妥当です。
よって、 A 44点, B 20点 と分配するのが妥当だと考えられます。
この結果は、
前回紹介したフェルマの分配の仕方と同じです。フェルマは 11:5 で分配すると結論を出しましたが、パスカルの結果も 44:20=11:5 です。解に到る経路は異なりましたが、同じ結論を得ました。フェルマは勝つチャンスの割合で分配し、パスカルは帰納的な考えを用いて分配しました(※1)。
パスカルはこのように帰納的に考察し、パスカルの三角形を用いて完全に解決したと言われています。この過程で二項係数の性質
$$\dbinom{n}{k}+\dbinom{n}{k+1}=\dbinom{n+1}{k+1}$$
も示したそうです。なお、$\dbinom{n}{r}={}_n C_r$ (二項係数) です。
どのようにパスカルの三角形を使うかを高校数学で学ぶ確率を利用して説明します。
Aが $a$ 勝、Bが $b$ 勝すれば勝負がつくとすると $a+b-1$ 回以内で勝負がつきます。また、技量が等しいので1回の勝負でA,Bそれぞれの勝つ確率を $\dfrac{1}{\:\:2\:\:}$ とします。
このときAが $a+b-1$ 回中 $r$ 回勝つ確率は
$$\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^r \big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1-r}=\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}$$
となります。
したがって、Aが $a+b-1$ 回中 $a$ 回以上勝つ確率$P(A)$は
$$P(A)=\displaystyle \sum_{r=a}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}.$$
同様にして、Bが $a+b-1$ 回中 $b$ 回以上勝つ確率$P(B)$は
$$P(B)=\displaystyle \sum_{r=b}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}$$
です。分配の仕方は期待値の比ですが、この場合は確率の比と同じです。したがって
$P(A) : P(B)$
$$=\displaystyle \sum_{r=a}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}:\displaystyle \sum_{r=b}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}$$
$=\displaystyle \sum_{r=a}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}:\displaystyle \sum_{r=b}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}.$
したがって、パスカルの三角形があればかんたんに計算ができます。
パチオリの問題に適用してみます。Aはあと2回、Bはあと3回勝てばゲームは終了します。だから4回以内に終わるので、次の三角形で十分です。
パスカルの三角形の対称性 $\dbinom{n}{r}=\dbinom{n}{n-r}$ から、赤い部分がAで緑の部分がBです。
つまり
$$P(A):P(B)=(1+4+6):(4+1)=11:5$$
と分かります。このようにパスカルの三角形さえあればかんたんに計算できます。
パスカルの三角形と呼ばれるようになったのは以前から知られていた 数の三角形 を確率計算に使ったこともあると思いますが、帰納的推論が高く評価されたというのもあるようです。メレをはじめとする賭博師たちもこの結果に納得したと思います。▢
※1 現代の視点だといずれも期待値の計算です。パスカルはパチオリの 4:3 を支持していたようですが、フェルマの指摘により考えを改めたという記述もあります。誤りを認めることも指摘することも同じ結果を得ることもフェルマの洞察力にも感心させられます。
確率論の延長線上にルベーグ積分(解析学)があります。私の知らない世界なので、興味があれば各自でお楽しみください。
参考文献
渡部 隆一 著『確率』(共立出版)
E.T. ベル 著『数学をつくった人びと(上)』(東京図書)
数学セミナー増刊『100人の数学者』(日本評論社)
吉永 良正 著『数学を愛した人たち』(東京出版)
最初にパスカルとフェルマの往復書簡を知ったのは
矢野 健太郎 著『すばらしい数学者たち』(新潮文庫)
でした。
※ (4, 3) に対する考え方は上の参考文献には書かれていないのですが、ずっと昔、高校生の頃に矢野健太郎氏の本で読んだように記憶しているのですが、どの本だったのか覚えていません。講談社現代新書だったかな...