2023/10/21

ちょっと・・・それは・・・ ~ 定義とその周辺の話 ~

内容的には高校数学なのですが高校生には難しいと思います。ただ高校生であっても定義・定理(命題)・公理の区別が出来ているのであればおもしろいと思うし、数学教師志望の教育学部や数学科の学生には興味深い話だと思います。


現在、『数学事始め』では指数関数・対数関数の話をしています。この機会に雑談としてまとめておこうと思います。
※ 有料記事になっていますが、ロハで見られる範囲を設定しています。


(その1) 教科書の章末問題に次のようなものがあります:

     問題1  $a^{\log_ab}=b$ を証明せよ。


     問題2  $4^{-\log_23}$ をかんたんにせよ。



問題1は何をさせたいのでしょうか。問題2は対数の定義をした後に載せてもいいくらいの基本問題です。

問題2に関しては、ある高校の非常勤講師をしていたときにこのようなことがありました。ある教諭と授業の話をしていたときに、その教諭が次のような解答をしました:


      A氏の解答  $x=4^{-\log_23}$ とおくと

                $\log_4x=-\log_23$

                $\dfrac{\:\log_2x\:}{\log_24}=-\log_23$

                $\log_2x=-2\log_23$

                $\log_2x=\log_2\dfrac{1}{\:9\:}$

                $\therefore \:\: x=\dfrac{1}{\:9\:}\://$


答えは合っていますが、定義を理解していない解き方にみえます。その教諭は某国大大学院を修了されている上、受験数学にも造詣の深い方です。

高校数学の教科書には


        $a>0, \: a\neq1$ かつ $M>0$ とするとき

$$M=a^p \iff \log_aM=p \quad (★)$$


とあるので、高校生に提示するには自然なのかもしれません。こうみると問題1もそういうことなのでしょうか。でも問題1は定義から明らかですよね。「明らか」というのは問題がありそうなので  " $\log_ab$ の定義そのものである "  とでも書くのでしょうか。

例えば「$a>0$ のとき $(\sqrt{a})^2=a$ であることを証明せよ」って言われたら困りませんか。


本当に数学研究者が執筆したのでしょうか。ひょっとして(★)は定義のつもりで書かれているのでしょうか。


その他の話題

(その2) $_nC_r=\dfrac{n!}{r!(n-r)!}$ は定義?


(その3) 方程式 $x^2=i$ の解を $x=\pm\sqrt{i}$ とするのは間違いである。高校数学ではルートの中に虚数を入れてはいけないから?


(その4) 方程式 $6x^3+13x^2-4=0$ の整数解を求めよ。

      解答  $(x+2)(2x-1)(3x+2)=0$ 

           $\therefore \: x=-2, \: \dfrac{1}{\:2\:}, \: -\dfrac{2}{\:3\:}$

         $x=\dfrac{1}{\:2\:}, \: -\dfrac{2}{\:3\:}$ は分数であるから

             $x=-2 \://$



(その2)について 定義にしても構いませんが、そのときは組み合わせの数が $_nC_r$ で求められることを示す必要があります。高校の教科書では組み合わせの数として定義しているので、定義から得られる性質です。

なお、関数 $(x+a)^\alpha$ のテイラー展開で、展開式を簡略化するために二項係数を

$$\binom{\alpha}{r}:=\dfrac{\alpha(\alpha-1)(\alpha-2)\cdots (\alpha-r+1)}{r!}$$

と定義します。このときの $\alpha$ は実数で、正の整数のときは二項係数 $_{\alpha}C_r$ と一致します。でも大事な数が小さいので $C$ あまり使われません。

これと混同しているのかもしれません。


(その3)について いろいろ問題があります。確かに $x=\pm\sqrt{i}$ は間違いであるし、高校数学では虚数のルートは定義していないようです。でも高校生にとっては自然な解答に見えます。教科書もこの問題もそうですが、どの範囲で方程式を解くのかについては曖昧にしています。それに $i$ が何を表すのかも示されていません。出題者は虚数単位を想定しているのでしょうが断るべきです。このようなことが起こるのは問題文に不備があるからなので、未知数 $x$ の範囲を指定し、$i=\sqrt{-1}$ であることも断っておきます。さらに解が虚数となる場合は $$a+bi \:\: (a, \: b \in \mathbb{R})$$

と表記することも付け加えておきます。このようにしておけば、正答とその導き方を示すだけでなく、なぜ $x=\pm\sqrt{i}$ が間違いであるかも明確に示せます。実際、これでは4通りの値が示されています。詳しくは過去記事の「虚数の平方根?」をご覧ください。

なお、$i^2=-1$ と表記しても構いませんが、この場合は $i=\sqrt{-1}$ なのか $i=-\sqrt{-1}$ なのかは分かりません。これは $\omega^3=1$ とした場合の虚数 $\omega$ が

$$\omega=\dfrac{-1+\sqrt{-3}}{2}\quad \text{or} \quad \omega=\dfrac{-1-\sqrt{-3}}{2}$$

のどちらなのかが分からないのと同じです。


(その4)について 問題文を読み解くと "整数の範囲で解け" ということなので

       $x=\dfrac{1}{\:2\:}, \: -\dfrac{2}{\:3\:}$ は分数であるから $x=-2 \://$

は減点されると思います。とは言っても、このような説明を大学の先生もしているところを見たことがあるので、減点されないかもしれません。中高生の定期テストでは減点されないと思います。ここまで指導できる時間がないと思うからです。国立大学入試の記述式では分かりません。意図的に出題していると考えられるからです。その場合は


(再掲) 方程式 $6x^3+13x^2-4=0$ の整数解を求めよ。

解答        $(x+2)(2x-1)(3x+2)=0,$ 

        $x+2=0, \: 2x-1=0 \:\: \text{or} \:\: 3x+2=0,$

        $x=-2, \: 2x=1 \:\: \text{or} \:\: 3x=-2.$

$2x=1$  および  $3x=-2$ は整数解を持たない.  なぜなら $2x=1$ の左辺は偶数だが右辺は奇数であり,  $3x=-2$ の左辺は3を因数にもつが右辺は3を因数にもたないからである.

よって             $x=-2.$ ▮


のようにします。現行課程では「整数」も扱うようになりましたが、それでも難しいように思います。「整数解を持たないことを示せ」というようなことを入れておけば、解けると思います。


もう一つ触れておきたい話題があるのですが、記憶が定かでないので書けません。内容はある高校での授業で「単射」を説明されそれについての質問だったのですが、そのノートをみても私も分かりませんでした。定義域、対応が明確でなく、定義式も何かおかしいのです。なので思い出そうと思っても思い出せないのです。以前書いた「写像(全射, 単射, 双射)」とは異なるという記憶しかありません。板書の写し間違いだったのかもしれません。


最初に触れたA氏のような解答は、広く名の知られている参考書にあるようです。▢

2023/09/23

画竜点睛 ~4次方程式の一般的解法~

ここで紹介するのは、16世紀イタリアの数学者Ferrari(フェラーリ)の発見した解法です。高校数学の知識があれば、流れを理解することはできます。完璧に解くには、3次方程式の根の公式が必要ですが、それは以前紹介した「三次方程式の根の公式」をご覧ください。


一般の4次方程式は

$$x^4+ax^3+bx^2+cx+d=0 \:\:(a, b, c, d \in \mathbb{C}) \quad ・・・①$$

と書けます。$x^4$ の項は $ax^4$ でないかと思われたかもしれませんが、係数 $a$ で割ることで①の形で書けます。

もしも与えられた4次方程式が

$$(x^2+px+q)^2=(rx+s)^2 \quad ・・・②$$

と変形できれば

$$x^2+px+q=rx+s \quad \text{or} \quad x^2+px+q=-(rx+s)$$

となり、この式はどちらも2次方程式であるから根の公式を用いて求めることができます。では①から②に変形できるかというと可能で次のように解けます。

その前に使う式を1つ紹介します。

$$(x^2+ex+f)^2=x^4+2ex^3+(\text{2次式以下}) \quad ・・・③$$

左辺を展開すると右辺のようになりますが、大切なのは右辺の3次の項までです。なので2次以降は省略しました。これを踏まえ、具体例を通して4次方程式の解き方を紹介します。


 4次方程式 $x^4-2x^3-4x^2+14x-5=0 \quad ・・・(♪)$ を解きます。

③の右辺と比べると $e$ に相当する値は $-1$ です。(♪)を②のように変形したいので左辺を  $(x^2-x+\alpha)^2$  とし、右辺は(♪)と同値になるように調整します。すると

   ――――――――――――――――――――――――――――――――――

結論だけを書かず、裏の計算も見せます:

$$(x^2-x+\alpha)^2=x^4-2x^3+(1+2\alpha)x^2-2\alpha x+\alpha^2$$

(♪)の2次式以下の項を右辺に移項すると

$$x^4-2x^3=4x^2-14x+5 \quad ・・・④$$

この2式から  $x^4-2x^3$  を  $(x^2-x+\alpha)^2$  のように変形するには

$$(1+2\alpha)x^2-2\alpha x+\alpha^2$$

を④の両辺に加えればいいですね。これを実行すると、左辺は  $(x^2-x+\alpha)^2$  と変形でき、右辺は

$$4x^2-14x+5+(1+2\alpha)x^2-2\alpha x+\alpha^2$$

$$=(5+2\alpha)x^2+(-14-2\alpha) x+(5+\alpha^2)$$

と変形できます。つまり

   ――――――――――――――――――――――――――――――――――

$$(x^2-x+\alpha)^2=(5+2\alpha)x^2+2(-7-\alpha) x+(5+\alpha^2) \quad ・・・⑤$$

と変形できます。右辺の2次式が平方式になるには重根を持てば良いですね。そこで判別式 $D/4=0$ を満たすような $\alpha$ を求めます。

$$(-7-\alpha)^2-(5+2\alpha)(5+\alpha^2)=0,$$

$$2\alpha^3+4\alpha^2-4\alpha-24=0,$$

$$\alpha^3+2\alpha^2-2\alpha-12=0.$$

この3次方程式を一般的に解くには根の公式を用いますが、幸い因数定理で解けるので

$$\alpha=2$$

が見つかります。1つあればいいので、これを⑤に当てはめると

$$(x^2-x+2)^2=9x^2-18x+9,$$

$$(x^2-x+2)^2=9(x-1)^2.$$

したがって

$$x^2-x+2=3(x-1) \quad \text{or} \quad x^2-x+2=-3(x-1),$$

$$x^2-4x+5=0 \quad \text{or} \quad x^2+2x-1=0,$$

$$x=2\pm i, \: -1\pm \sqrt{2}. ▮$$(ただし、$i=\sqrt{-1}$)


4次方程式までの一般的な解法が紹介できました。5次以上の方程式は代数的に(べき根を用いて)解けません。アーベル、ガロアによる仕事です。▢

他の問題で確認したいなら、次の4次方程式を解いてみてください。

$$x^4+4x^3+5x^2+2x-6=0$$



                           $x=-1\pm\sqrt{3}, \: -1\pm \sqrt{2}i$

※ 判別式を解くことによって出てくる方程式は分解方程式と呼ばれます。この4次方程式の分解方程式は

$$(2\alpha-1)^2-(2\alpha-1)(\alpha^2+6)=0$$

なので、$\alpha=1/2$ を得ます。

参考文献

     高木 貞治 著『代数学講義』(共立出版)
     岩切 晴二 著『代数学・幾何学精説』(培風館)
     志賀 浩二 著『数学が育っていく物語 第5週 方程式』(岩波書店)

2023/08/19

えっ・・・あぁそういうことか ~気になる記述~

 専門書であってもときどき気になる記述を見掛けます。その具体例を2つ挙げますが、やさしくないので高校数学の範囲でも例を2つ挙げます。

例1, 2では数学科の2, 3年生で学ぶ内容で紹介し、例3, 4は高校数学です。ひょっとしたら、気になるのは私だけなのかもしれません。後ほど解説もします。


例1《『線形代数 教科書』佐久間元敬 他共著の 「第7章 §2 べき零行列の標準形」 から》

  命題7.4 $n$ 次の正方行列 $A$ に対して,次は同値である

    (1) $A$ はべき零行列である   (2) $A$ は対角成分が0の三角行列に相似である

  証明 (2)⇒(1):$A$ の固有多項式は $\Phi_A(\lambda)=\lambda^n$ であるから,Caylay-Hamilton 

  の定理によって $\Phi_A(A)=A^n=O$.ゆえに $A$ はべき零である.▮




例2《『代数系入門』松坂和夫著の 「第4章 §4 線型写像の空間, 双対空間」 から》

   いま体 $K$ 上の線型空間 $V$ の1つの元 $x$ に対し,写像 $\hat{x}:V^* \rightarrow K$ を

$$\hat{x}(\lambda)=\lambda(x) \quad (\lambda \in V^*)$$

  によって定義する.次に,写像

$$x\mapsto \hat{x} \quad ・・・(♪)$$

  を考えると,これは $V$ から $V^{**}$ への線型写像である.さらに $\hat{x}=0$,すなわち,

  すべての $\lambda \in V^*$ に対して

$$\hat{x}(\lambda)=\lambda(x)=0$$

  とすれば $x=0$ であるから,(♪)は単射準同型写像である.(略)▮




   例3 $x$を変数とする2次方程式 $x^2+2x-5=0$ の正の解を求めよ。

   解答例         $x^2+2x-5=0$,

               $x=-1\pm \sqrt{6}$.

      $x > 0$ より
               $x=-1+\sqrt{6}$. ▮




   例4 $x$の2次方程式 $x^2+2ax+a+2=0$ が2つの正の解をもつとき、

     実数定数 $a$ の値の範囲を求めよ。

   解答例 2次方程式の2つの解を $\alpha, \: \beta$ とし, 判別式を $D$ とする.

    このとき2つの正の解をもつための必要十分条件は

              $D>0, \:\: \alpha+\beta>0$ かつ $\alpha\beta>0.$

         判別式を計算すると

             $D/4=a^2-(a+2)=a^2-a-2$

                 $=(a+1)(a-2)>0$,

                $a<-1$ または $2< a$. ・・・①

    解と係数の関係より

           $\alpha+\beta=-2a>0$ かつ $\alpha\beta=a+2>0$,

                  $-2 < a < 0$. ・・・②

    よって①, ②より
                 $-2< a <-1$. ▮



質問1 例3, 4はよく見かける解答を挙げましたが、気になる記述はありませんか。

   はじめにも書いたように、私だけかもしれません。


質問2 例1, 2に関してはどうですか。線形代数や代数の参考書としてよく知られている

           例1は佐武一郎著『線型代数学』(裳華房)
           例2は石田 信著『代数学入門』(実教出版)

   でも同じような記載になっています(※1)。

         [佐武] であれば4章1節の《付記. 最小多項式》

           [石田] であれば 3-5 線形空間の《双対空間~問の前》

   をご覧ください。





質問1について:

例3の気になる記述は「$x=-1\pm \sqrt{6}$」です。$x > 0$ だからです。

書くなら「$x=-1\pm \sqrt{6}$」を削除するか、「方程式 $x^2+2x-5=0$ を解くと」と書き入れるかです。

元ネタは線形代数演習のレポート問題で、この解答例は高校時代の真似です。


例4の気になる記述は「$=(a+1)(a-2)>0$,  $=-2a>0$,  $=a+2>0$」です。結果的にはそうなるのですが・・・。

$D>0, \: \alpha+\beta>0, \: \alpha\beta>0$ であって、$(a+1)(a-2)>0$,  $-2a>0$,  $a+2>0$ ではありません。

書くのなら

          $D>0$ であるから  $(a+1)(a-2)>0$. 

と記述します。高校数学Ⅱの教科書があれば確認してみてください。

あまり好まれないようですが

      $0< \alpha+\beta=-2a, \:\: 0< \alpha\beta=a+2$. よって $-2< a<0$. 

という書き方もあります。

この論理は三段論法の推移律と呼ばれるものです:

        A ⇒ B かつ B ⇒ C であるなら A ⇒ C である。


 


質問2について:例4の気になる記述と同じです。

例1の気になる記述 「$\Phi_A(A)=A^n=O$」

  Caylay-Hamiltonの定理は $\Phi_A(A)=O$ なので、$O=\Phi_A(A)=A^n$ です。


例2の気になる記述 「$\hat{x}(\lambda)=\lambda(x)=0$」

  $\hat{x}=0$ と仮定したのだから、$0=\hat{x}(\lambda)=\lambda(x)$ です。


このような記述のために時間を費やしてしまうことがあります。著者は理解して書いているので例4のような感覚なのだと思いますが、よく分かっていない者にとっては突然「=0」が出てくると戸惑うのです。この例1,2は短いので気づきやすいのですが、長い式変形の末に突然書かれたら意味不明です。もう一度最初から論理を追随し、自分なりに整理し、解きほぐすことになります。

でもこうした試みが理解力を上げてくれます。そもそも専門書には間違いが付きものです。初版本で記述に間違いのないものは存在するのでしょうか。そう考えると、私のものにも多くの誤りが眠っていることと推察します。

伊原康隆氏が『志学 数学』で書かれていました。初版本にはその著者の筆の勢いというのがあってよいものだと。▢


補足1 増刷の度に少しずつ誤りが訂正されます。20年程前からはネット上での訂正もあります。試しにお持ちの専門書「(書名) 訂正」で検索してみてください。

「環と体 訂正」で検索してみたら、「講座 数学の考え方 環と体 -朝倉書店」が出てきたのでクリックすると 正誤表 がありました。間違いが多過ぎて読むのを放棄した本です。正誤表をクリックしてみたら・・・訂正されてませんでした。
少しの記号ミスは些細で、証明ミスなら程度によりますが修正できます。主張のミスは証明にミスがなければ気づけます。でも定義のミスは、他の本、しかも同じような定義を採用しているものでないと初学者には無理だと思います。


補足2 例1, 2は、同期生のセミナーでの指導教官の指摘がきっかけです。その同期生はテキスト通りに解説したようですが、その記載に問題があったのです。もちろん別の内容(表現論)のセミナーです。その指摘で等号の使い方が理解できたと思います。これ以降このような記載を見かけるようになりました。つまり、気づいてなかったのです。

指導教官のついたセミナーの準備はたいへんですが、専門の知識が付くだけでなく本の読み方も学べます。院生はいわずもがな、大学生ならセミナーの時間を大切にしてくださいね。


※1 同じような記載になってしまうのは、[佐武] を参考に [佐久間] が書かれ、[松坂] を参考に [石田] が書かれたからだと思います。

ここに挙げた専門書は、放棄したものを除いて、いまでもよく使います。
佐武氏は『線型代数学』『線形代数』の2冊を書かれています。前者は線形代数の参考文献に必ず載るくらいの本です。学部の1,2年生にはかなり難しいと思いますが、専門性が高まるとその良さがだんだん感じられると思います。
私には難し過ぎて、学部時代には高木貞治氏の『解析概論』と並び本棚の飾りでした。素養を身に着けるまでは、無理せず、分かりやすい本がいいです。

感覚的には『白チャート』のような本をお薦めします。最近はそういう本が増えて良かったですね。英語が苦でないのなら、洋書の方が読みやすいこともあります。大学の図書館で探してみてください。

2023/07/08

三角関数の加法定理を直観的に理解するための図形

 三角関数の加法定理 任意の実数 $\alpha, \: \beta$ に対して

$$\sin(\alpha+\beta)=\sin\alpha\cos\beta+\cos\alpha\sin\beta,$$

$$\cos(\alpha+\beta)=\cos\alpha\cos\beta-\sin\alpha\sin\beta,$$


$$\sin(\alpha-\beta)=\sin\alpha\cos\beta-\cos\alpha\sin\beta,$$

$$\cos(\alpha-\beta)=\cos\alpha\cos\beta+\sin\alpha\sin\beta.$$


は三角関数で修得すべき項目の1つです。 

  「咲いたコスモス、コスモス咲いた」「コスモス コスモス、咲いた咲いた」

と覚えましたが

  「シンコス、コスシン」「コスコス、シンシン」

と覚える人もいるようです。中には直接覚えている人もいるかと思います。

「あれっ?タンジェントは?」と思ったかもしれませんが、これらの式から導けるし、今回の話には登場しないので省略しました。


この「加法定理を証明せよ」というのが 1999年に東京大学の入試で出題されたことは受験業界ではよく知られています。

高校数学の証明$+\alpha$ は『数学事始め』27.13三角関数(加法定理) をご覧ください。


これから次の2式

$$\sin(\alpha+\beta)=\sin\alpha\cos\beta+\cos\alpha\sin\beta,$$

$$\cos(\alpha+\beta)=\cos\alpha\cos\beta-\sin\alpha\sin\beta$$

がどのように導かれるかを説明します。


この説明で三角比を用いるので、三角比の性質を確認しておきます。



    性質 直角三角形において1つの鋭角を$\theta$とする。斜辺の長さが1のとき

      $\theta$の対辺の長さ(高さ)は $\sin\theta$, $\theta$の隣辺の長さ(底辺)は $\cos\theta$ である。

参考図


これを用いると、1つの鋭角が等しい直角三角形において、斜辺の長さが $a$ のとき


            対辺 $=a\sin\theta$,  隣辺 $=a\cos\theta$  


となります。(相似を用いた)

 


(再掲) 

$$\sin(\alpha+\beta)=\sin\alpha\cos\beta+\cos\alpha\sin\beta, \:\cdots ①$$

$$\cos(\alpha+\beta)=\cos\alpha\cos\beta-\sin\alpha\sin\beta. \:\cdots ②$$


 説明 下図において、点Iは 点Aを通り辺BDと平行な直線 と 直線CD との交点である。 

このとき ∠CBD = ∠ACI である。AB = 1 とし、①を示す。

    

   △ABCに着目すると   AC $=\sin\alpha$,  BC $=\cos\alpha$ である。

したがって

   △ACIに着目すると      IC $=$ AC $\cos\beta=\sin\alpha\cos\beta$,
   △CBDに着目すると  CD $=$ BC $\sin\beta=\cos\alpha\sin\beta$.

一方、△ABHに着目すると  AH $=\sin(\alpha+\beta)$.

よって AH = ID = IC + CD より

$$\sin(\alpha+\beta)=\sin\alpha\cos\beta+\cos\alpha\sin\beta.$$



次に下図において、AB = 1 とし②を示す。

    

   △ABCに着目すると  AC $=\sin\alpha$,  BC $=\cos\alpha$ である。

したがって

   △CAIに着目すると     AI $=$ AC $\sin\beta=\sin\alpha\sin\beta$,
   △CBDに着目すると   BD $=$ BC $\cos\beta=\cos\alpha\cos\beta$.

一方、△ABHに着目すると   BH $=\cos(\alpha+\beta)$.

よって BH = BD - HD = BD - AI より

$$\cos(\alpha+\beta)=\cos\alpha\cos\beta-\sin\alpha\sin\beta. \: ▮$$
※ 重複している部分がありますが、流れを重視しました。


注1 図に依存し細かい説明を省きましたが、気になる場合は各自で補ってください。

注2 これは加法定理の一般的証明ではなく、直観的に理解するためのものです。
  証明でなく、説明と書いたのはそのためです。


ところで、一般的証明になっていないのはなぜでしょうか。





上の説明は任意の実数ではありません。実は制約があり


           $\alpha>0, \: \beta>0$ かつ $0<\alpha+\beta<\dfrac{\:\pi\:}{2}$


です。ずいぶん条件が強いですね。

※ 「条件が強い」というのは、縛りがきついということです。このために適用できる範囲が狭くなっています。そのために $\alpha=\dfrac{\:\pi\:}{3}, \: \beta=\dfrac{\:\pi\:}{4}$ を適用することが出来ません。最初に述べた加法定理の条件は「任意の実数」なので $\alpha=\dfrac{\:\pi\:}{3}, \: \beta=\dfrac{\:\pi\:}{4}$ が適用できるだけでなく、$\beta$ の代わりに $-\beta$ を代入することもできます。これにより $\alpha- \beta$ の加法定理も得られます。▢


余談 加法定理の証明でもっとも優れていると思うのは、正規直交基底を用いたベクトルでの証明です。でも高校数学の範囲では難しいように思います。▮

2023/06/11

どちらの会社を選ぶ? ~ 論理・ろんり・logic ~

あなたはある会社の就職説明会に参加した。


        O興業「会社を守れないなら、家庭は守れない」


        T商事「家庭が守れないなら、会社は守れない」



これはそれぞれの会社で、毎日社員にも話していることだそうだ。これ以外に大きな違いは特になかった。


問題 あなたはどちらの会社を選びますか。











数学の問題ではないので、家庭と会社のどちらを大切にするかに依ります。なのでここでは考えるための手掛かりを話します。


日本の高度成長期、毎朝満員電車に揺られ、会社終わりは同僚と呑み屋に立ち寄り、子供たちが眠ってから帰宅というのが典型的なサラリーマン像でした。そういう人はT商事を選ぶかもしれません。


2つの会社の主張を見てみましょう。

       A興行「会社を守れないなら、家庭も守れない」

換言すれば

          「家庭が守れれば、会社も守れる」

と言っています。



       T商事「家庭が守れないなら、会社は守れない」

換言すれば

          「会社が守れれば、家庭も守れる」



対偶を取っただけですが、これで A興行は家庭が第一T商事は会社が第一ということが分かりました。あなたはどちらを選びますか。









論理シリーズを取り上げた切っ掛け

タイムラインに


     「外国人の人権を守れない国は、国民の人権も守れない国になる」


が「逆だろ、国民の人権も守れない国は・・・。算数もできんのか」と共に流れてきたのが切っ掛けです。この人は何を言いたいのかと考えてゾゾゾゾゾとしたのです。


算数のできる人が書いたのでしょ。ということは・・・ということです。▢

2023/05/21

論理パズル ~論理・ろんり・logic その2~

問題 カードが4枚あり、そのカードの片面には数字が一つ、もう一方の面にはアルファベットが一文字書かれています。

この4枚のカードについて

              「奇数の裏は母音である」

が正しいことを確認するには何枚のカードを裏返せば良いでしょうか。その最少枚数と裏返すカードを指摘してください。


            ※ この問題の対象者は高校2年生以降だと思いますが、実際はどうなのか
             わかりません。高校数学Ⅰで『集合と命題』を学ぶので高校2年生以降だ
       と判断したのですが、日本語を論理的に遣っているのなら年齢は問わない
             ようにも思います。少なくとも大学で使っている教科書を読むような人な
     ら、学部を問わず解けると思います。








問題の答え 「Kのカード」と「3のカード」の2枚を裏返せばよい


この問題を最初に知ったのは大学1年の頃だと記憶しています。数学セミナーの表紙に書かれていたと思うのですが、その雑誌が手元にないので真偽は不明です。それ以外でも似た問題を目にした記憶があるので、比較的知られている問題なのかと思います。

その数セミには問題と答えしか書かれてなかったと記憶しています。当時の私には直ぐには解けず、うんうん唸りながら時間を掛けて解きました。その数セミには「数学科の学生ならかんたんに解ける」ようなことが書かれていて、自分が該当しないことに軽い衝撃を受けました。大学3年生になる頃には論理に慣れるので、確かにそうなのかもしれません。


解説 4枚とも裏返せばかんたんに確認ができますが、最少枚数ではないことは分かります。「8のカード」を裏返す必要がないからです。分かりやすいように「奇数の裏は母音である」を「ならば」で書き直しましょう。

             「奇数ならば裏は母音である」

奇数は1,3,5,7,9,... で、母音は A, E, I, O, U です。

だから「8のカード」を裏返す必要がないのです。


「3のカード」を裏返してもしも母音でなかったら与えられた命題が正しくなくなるので、このカードは裏返す必要があります。ここまではかんたんに判断できるのですが、次からが問題です。


間違いが多いと思われるのは「Aのカード」を裏返すです。

母音が書かれているので裏返したくなってしまうのです。指導教官が論理の説明で好んでおっしゃっていました。「100点を取りたいならたくさん勉強しなさい」でも「たくさん勉強したのに100点を取れなかったからと言って文句を言わないように」と。つまり「AならばB」とは言いましたが「BならばA」とは言っていないと主張しているのです。

だから「Aのカード」を裏返す必要はないのです。裏返したときに「4」と書かれていても命題が間違いではありません。もう一度確認しますが、命題の主張は「奇数ならば裏は母音」です。


さて「Kのカード」ですが、これは裏返します。もしも裏返して「奇数」が書かれていたら命題が誤りになるからです。このように考えて裏返すと判断することも出来ますが、私は対偶を考えて判断します。つまり「奇数の裏は母音である」の対偶を取ると「子音ならば裏は偶数である」となります。

だから「Kのカード」は裏返します。▮


対偶の部分についての補足

対偶のつくり方は仮定と結論を否定し逆にします。対偶は元の命題と同値です。

            「奇数の裏は母音である」

           ⇔「奇数ならば裏は母音である」(言い直し)

           ⇔「母音でないならば裏は奇数でない」(ここで対偶をとった)

           ⇔「子音ならば裏は偶数である」(言い直し)

           ⇔「子音の裏は偶数である」(言い直し)

となります。

『数学事始め』でも書きましたが、数学に慣れると「pならばq」という命題を同時に「qでない ならば pでない」と読むようになります。そうしないと証明を読み解くことも大変です。数学者の証明は簡潔さから「それくらい判るだろ(以前に学んだこと)」というのを省略します。本の場合だと頁数制限も影響すると思います。授業では、口頭ですが、きちんと説明されていると思います。板書写しにとらわれて聞き逃すと大変な目にあいますが、こういう発言もメモしておくと後がらくです。


論理は学部学科に関係なく、大学では必須事項だと思うのですが現実を見るに大きな疑問を感じてしまいます。言葉の解釈を変えたり、概念を変えたりしてしまうのは勘弁願います。ジョージ・オーウェルの小説『1984』の世界はお断りです。▢

2023/04/30

「カラスは黒い」の否定は?  ~ろんり・論理・ロジック~

                「カラスは黒い」

を否定してください。





              「カラスは黒くない」

ではありません。

              「黒くないカラスがいる」

もしくは

              「あるカラスは黒くない」

となります。



ではなぜなのかをそれらしく思える手順で考察していきます。もしも形式的な説明を早く知りたいなら、この部分を飛ばして下の方の3⃣に進んでください。

考察を通じて

        「カラスは黒くない」と「あるカラスは黒くない」

が異なることを主張していることもわかります。



「カラスは黒い」を分析してみましょう。

このときのカラスは1羽でしょうか。それともカラス全体でしょうか。日本語は冠詞を付けなくても前後関係から複数か単数かを判断しますが、この場合は「カラス全体」を指していると判断するのが自然だと思います。曖昧さを無くしたいのなら、冠詞を意識して表現するのが良いですね。数学の議論をするときには曖昧さを避けるために

             「どのカラスも黒い」

もしくは

             「カラス ならば 黒い」

などと表現します。他にも表現はできそうですが、この2つで考察を進めます。

1⃣ まずは「どのカラスも黒い」を絵で表現してみます。カラスを四角で表すことにすると、1羽の黒いカラスは■で表すことができます。したがって「どのカラスも黒い」は

      ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

と表現できます。数が少ないですが、気持ちをこれですべてのカラスを表しているとみてください。これを否定するにはどうすればいいでしょうか。よくあるのは

      ▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢▢

のようにすべてを黒くないカラスにしてしまうものですが、否定するだけなので全否定しなくてもいいのです。例えば

      ■■■■■■■■■■■■■■■■▢■■■■■■■■■■■■

は「どのカラスも黒い」ではありませんね。ここ↑に黒くないカラスが一羽います。

このように1羽でも黒くないカラスがいればいいので

         「少なくとも1羽は黒くないカラスがいる」

で否定になっています。


2⃣ もう一つの「カラス ならば 黒い」についても考察してみます。
少し強調した感じで言い直すと

            「カラス ならば 必ず黒い」

       「カラス ならば 必ず黒く、黒くないことはない」

ということは

        「カラス であって 黒くないカラスはいない」

となります。したがって、黒くないカラスが1羽でもいれば否定したことになるので

            「黒くないカラスがいる」

で否定になります。




3⃣ 最後に、形式的な話をしておきます。高校数学でも触れられたりするようですが、数学科の1年生で習うことです。

条件をp, qで表すことにします。このとき

           「pである」の否定は「pでない」
           「pでない」の否定は「pである」

      「すべてpである」の否定は「pでないものが存在する」
       「あるものはpでない」の否定は「すべてpである」
※ 「pでないものが存在する」と「あるものはpでない」は同じことを意味しています。

       「pかつq」の否定は「pでない または qでない」
       「pまたはq」の否定は「pでなく かつ qでない」

     「pならばqである」と「pでない または qである」は同値
したがって
       「pならばqである」の否定は「pであるがqでない」


集合を利用して、次のように考えることもできます:

  条件「pである」を満たすもの全体をP, 条件「qである」を満たすもの全体をQ

とすると「pならばqである」は「$P\subset Q$」なので、否定すると「$P\not\subset Q$」。したがって「pであるがqでない」となります。


毎回、毎回 1⃣や2⃣のように考えることはせず、3⃣を使って形式的に考えます。言い換えれば数学の公式のように使うのです。きちんとこの辺りのことを知りたいのなら、下に挙げた参考書をご覧ください。大学生以上なら『論理哲学論考』がおもしろいと思います。



注:数学科だと多くの場合、記号で学ぶと思います。その方が覚えやすくかつ実践的だからです。これを数学科で学ぶのは悪名高い

     「イプシロン論法」「イプシロン-n論法」「イプシロン-デルタ論法」

のためです。そうでなければ集合・位相の最初の方で学ぶと思います。


新しい教育課程なら高校国語で論理の基礎を学ぶのかもしれません。▢


論理に関する参考書

      L.ヴィトゲンシュタイン著『論理哲学論考』(岩波文庫)
      山下正男著『論理的に考えること』(岩波ジュニア新書)

数学的なもの

    細井勉著『イプシロン・デルタを理解するために』(日本評論社)

ちょっと・・・それは・・・ ~ 定義とその周辺の話 ~

内容的には高校数学なのですが高校生には難しいと思います。ただ高校生であっても定義・定理(命題)・公理の区別が出来ているのであればおもしろいと思うし、数学教師志望の教育学部や数学科の学生には興味深い話だと思います。 現在、 『数学事始め』 では指数関数・対数関数の話をしています...