2022/02/26

数の集合と演算 (代数系入門) ~現代数学の基礎 集合3~

集合は話の前提を与えるので、数学を考える上では大切なものです。高校数学で集合を学ぶのだから数の演算との関係についても触れてほしいのですが、どんどん削らる授業時間数の影響によって余裕がないのだと思います。とても残念です。


0を含む自然数の世界 $\mathbb N$ を見てみます(※-1)。足し算、掛け算はどんな2数を選んでも結果が自然数ですが、引き算と割り算の結果はいつでも自然数になるとは限りません。こういうとき、自然数は和と積に関して閉じてるが、差と商に関しては閉じてないと表現します。


では整数 $\mathbb Z$ ではどうなっているでしょうか。足し算、引き算、掛け算に関しては閉じていますが、割り算に関しては閉じていません。整数は割り算で閉じていませんが、代数学的には 環 (カン)と呼ばれ大切なものの一つです。


問題 有理数 $\mathbb Q$、実数 $\mathbb R$、複素数 $\mathbb C$ は四則演算について閉じてますか。


いずれも四則演算について閉じてます。これらは代数の言葉では 体 (タイ)と呼ばれます。同じ体ですが違いがあります。集合の包含関係では $\mathbb Q \subset \mathbb R \subset \mathbb C$。他に複素数には大小関係がなく、位相(近さ)でも異なる性質があります。


私が学んだ頃の教科書も参考書も手元にはないので、実際にどう書かれていたのか分からないのですが、集合のところでは、雑談ページも含めますが、こういう話も書かれていたように記憶しています。もしかしたらモノグラフシリーズ(※0)を読んでいたので、そちらの記憶かもしれません。ここまでが本題です。▢



環と体の紹介
環は、以前紹介した群のことば(※1参照)を利用すると次のように言えます。

集合 $R$ に2つの閉じた演算 和「+」と積「・」が定義されていて

  (1) 和に関して可換群を成し、(2) 積に関してモノイドを成し、(3) 分配律をみたす

とき、集合 $R$ は(カン)であると言います(※1)。特に、任意の $R$ の元 $a \neq 0$ に対して積に関する逆元が存在するとき、環 $R$ をと言います。この逆元が四則演算の割り算に相当し、上で紹介した体と同じものです。代数の言葉できちんと言い直したのです。


天下り的ですが(※2)、整数 $\mathbb Z$ は環を成し、ここから

   $a \cdot 0=0 \cdot a=0, \quad a \cdot (-b)=(-a) \cdot b=-ab, \quad (-a)\cdot (-b)=ab$

という性質も得られます。これはまた別の機会にします。▮


※-1 自然数というとき、1, 2, 3, ... を考えますが、0を含めることもあります。今回は自然数と $\mathbb N$ を用いましたが、混乱を避けるために0以上の整数と $\mathbb Z_{\geq 0}$ という記号を好んで使います。

※0 モノグラフシリーズとは、科学新興社から出版されていた高校数学の参考書で、受験参考書というよりは大学数学を意識して書かれていたように思います。矢野健太郎氏が監修をされていました。文庫本で矢野健太郎氏を存じていたので、難しいながらも読んでいました。その当時は進学校の生徒たちがどのような本を読んで数学しているかを知らなかったので、受験生らしくなく、かなり寄り道して独学していたように思います。

これで思い出しましたが、ブルーバックスに『微積分に強くなる』というタイトルの本があり、たぶん高校2年の冬にこれを読んでいたのですが、最終章が理解できずに苦しみました。3年生になって改めて読んだのですが最終章は理解できませんでした。その最終章にはイプシロンーデルタ論法が書かれていたように記憶していたのですが、ネット検索してみたところ、その章は「関数空間」のようです。

※1 条件(2) をモノイドとしたときは、単位元付き環とも呼ばれます。条件を少し弱くし半群としても環と呼ばれます。群(モノイド, 半群, 逆元)に関しては、以前 「代数学《群の紹介》」を書いているのでこちらをご覧ください。このときのために、モノイドや半群も紹介したのです。

分配律は $a \cdot (b+c)=a \cdot b + a \cdot c, \: (a+b) \cdot c=a \cdot c +b \cdot c$ のことです。分配法則という名の方が馴染みがありかもしれませんね。


※2 天下り的と表現しているのは、0を含む自然数から知られていた整数を再構成するときに上の(1),(2),(3)であることを要請し、この整数の構造に注目したのが環だからです。視点を変え、知られていた整数から環を定義し、整数は環を満たしているとしたのです。

何だかおかしな手順ですが、整数(0, ±1, ±2, ±3, ...)は長い年月をかけて組み立てられ、使われてきていたものです。この整数を新しく手に入れた "集合" でもって整数を捉えなし整備したのです。人類の偉大さを感じるのは、集合を知らずに組み立てたマイナスの計算が整合性を持っていたということです。前回紹介したオイラーの関係式も見事な発見だったと思います。

高校数学までだと環が空虚なものに見えますが、多項式全体や区間 [0, 1] 上で定義された連続関数全体や行列も環構造をもっています。高校数学Ⅱで多項式の割り算を学びますが、これにより整数と多項式は同じような性質を持っていそうであることが見え、整数のように多項式においても合同式を考えることが出来ます。大学受験数学ではこの結果を利用したりしますね。
※ 区間 [0, 1] というのは $0 \leqq x \leqq 1$ のことです。高校数学Ⅲ以降で習う記号です。


余話
中学数学は小学算数と高校数学の狭間にあり、小学算数の社会生活における実用性と現代数学以前の高校数学の両面を持ち合わせています。

小学算数は日常生活を意識して組み立てられている点においては、かなり工夫されていると思います。0以上の整数の話から始まり、0以上の有理数を学びます。分数、小数は大切な概念で、図形に関する知識も必要不可欠です。算数でもっとも難しいのは割合(倍で捉えること)と1当たりの量だと思います。割合も1当たりの量と捉えることは出来ますが、別なものと考える方がいいと思います。

2022/02/19

集合を無視すると... ~現代数学の基礎 集合2~

 オイラーの関係式

                $e^{i \theta}=\cos \theta +i \sin \theta$

において、$\theta$ に $\pi$ を代入することで

                   $e^{i\pi}=-1$

という関係式が得られますが、オイラーの関係式を導くのに

(1)    $e^x=1+\dfrac{x}{1!}+\dfrac{x^2}{2!}+\dfrac{x^3}{3!}+\cdots +\dfrac{x^n}{n!}+\cdots$

の $x$ に $i\theta$ を代入して

(2)    $e^{i\theta}=1+\dfrac{i\theta}{1!}+\dfrac{(i\theta)^2}{2!}+\dfrac{(i\theta)^3}{3!}+\cdots +\dfrac{(i\theta)^n}{n!}+\cdots$

とし、$i^2=-1$ を利用して式を次のように整理し

      $e^{i\theta}=\left(1-\dfrac{x^2}{2!}+\dfrac{x^4}{4!}-\cdots+(-1)^k \dfrac{x^{2k}}{(2k)!}+\cdots \right)+i \left( x-\dfrac{x^3}{3!}+\dfrac{x^5}{5!}- \cdots +(-1)^k \dfrac{x^{2k+1}}{(2k+1)!}+\cdots \right)$

として、前の括弧の中身が $\cos \theta$ で後の括弧の中身が $\sin \theta$ であるから

               $e^{i \theta}=\cos \theta +i \sin \theta$

が成り立つと説明されたりしますが、これには問題があります。

式 (1) の $e^x$ は実数上で定義されている関数で、等式は $x=0$ におけるテイラー展開で収束域が全実数という条件の下で成り立っています。だから $x$ に虚数を代入して式 (2) が成り立つとするのに問題があるのです。

発見するための一つの方法ではありますが、これを証明のように読み取ってはいけません。例えば次の説明はどうでしょうか。

ルートの公式 $\sqrt{a} \sqrt{b}=\sqrt{ab}$ において、$a, \: b$ に $-1$ を代入すると右辺は

             $\sqrt{(-1) \cdot (-1)}=\sqrt{1}=1$,

左辺は

             $\sqrt{-1} \sqrt{-1}=(\sqrt{-1})^2=-1$.

したがって、$-1=1$ となる。


これはどこに問題があるか比較的気づきやすいのですが、大学数学の線形代数におけるハミルトン・ケーリーの定理の証明で、行列 $A$ の固有多項式 $\Phi_A(\lambda)=|\lambda E-A|$ に $\lambda=A$ を代入して

                  $\Phi_A (A)=0$

としたときの誤りは気づき難いと思います。大学1年生だとまだまだ集合の考えには慣れていないからです。▢


2022/02/12

宝の持ち腐れ ~現代数学の基礎 集合~

 高校数学Ⅰおよび A で集合を扱います(※0)。であればこれを使って小中の数学を見直すことをしてもらいたいのですが、実際は確率で使われる程度です。


集合は現代数学を学ぶ上では必須で、どのような世界で考えるかを提示する役目を負っています。例えば

問題1 ①方程式 $x+8=3$ を解け。  ②方程式 $x^2=3$ を解け。


と問われたらふつう ① $x=-5$、② $x=\pm \sqrt{3}$ と答えると思いますが、本来、問題にはどの範囲で解くかの明示が必要です。

①の場合:正の整数の範囲で解けであれば解はなく、整数の範囲でなら上で示したように解けます。

②の場合:有理数の範囲で解けであれば解はなく、正の実数の範囲でなら $x=\sqrt{3}$ と解くことができます。

正の整数で解くことは人数や物の個数を求めるときですし、正の実数で解くというのは正方形の一辺の長さや時間を求めるときが考えられます。



次の問題はどうでしょうか。
問題2 次の2次関数のグラフを図示したときの $x$切片を求めよ。

① $y=x^2+4x-1$          ② $y=x^2-2x+3$ 


高校数学Ⅰの2次関数でこのような問題を扱います。
出題者を忖度して ① $x$切片は $-2 \pm \sqrt{5}$、②は $x$軸と共有点を持たないので $x$切片はない と答えるのでしょうが、本来は関数の定義域を明示する必要があります。

②で2次方程式 $x^2-2x+3=0$ を単に解くと虚数解が出てきます。でも $x$軸はふつう実数を想定しているのでこの値は適しません。なので式変形により $y>0$ であることを明示して $x$軸と共有点を持たないことを述べることになります。



せっかく集合を教えているのですから活用しない手はないですよね。
中高の方程式はそれまでに学んだ数の世界が前提であり、関数は実数の部分集合から実数への対応が前提のようです。であっても明確に書かれていないし、実数という用語自体あまり使われません。
そのためか、大学入試問題では有理数・実数・複素数などの用語を使い受験生の知識をテストしているように思います。なので受験生は正規の授業でなく受験勉強の中で数の集合を修得しているように思います。▢


※0 一時期はアメリカの数学教育の現代化をマネて小学算数や中学数学でも集合が教えられていました。

2022/02/05

食べたのに減らないお餅 ~数学パズル「減らない面積」~

「ねえ、博士ー」
「なんだね、ルート」
「いま学校で折れ線グラフを習ってるんだけど、何がおもしろいの?」
「折れ線グラフはとても実用的で役に立つんだが、社会科や理科で使ったり日々の体重の変化を調べないと便利だってことには気づかないかもしれないね。さてさて...」


「いいかい。いまここに縦50㎝、横1m30㎝の大きな伸し餅(のしもち)があるね。ルートだったらどうしたいかね」

「お腹すいたから食べたい」

「私も食べたいけど、まずは手頃な大きさに切り分けよう。1辺が10㎝の正方形に切り分けたいが手伝ってくれるかい」

「うんいいよ」

「ありがとう、ルート。では怪我をしないように十分注意して切ろう」


「上手に切り分けられたね。どうだい、お腹が空いたろう。そこでだ。ここの部分(黄色の部分)の角餅を1個だけ焼いて味見してみよう」

「おいしいね、博士」

「それはよかった。さてここからがおもしろいぞ」

「おもしろいんじゃなくて、おいしいんじゃないの?」

「そりゃおいしいけど、おもしろいんだよ。見ててごらん。こうして、こうして、こう切ると5つの区画に分けられただろう(赤い線で切り口とその図形を表す)」
 (実際は青い線でも切られていますが、お餅なので再びくっついたと思ってください)


「そして更にこのように並べ替えるんだ。どうだい、おもしろいことが起こってないかい」


「ぼくが食べたお餅分が増えたように見えるけど、どこから現れたのかな?」

「増えてないよ。ルートのお腹の中に消えたのさ。おいしさが残っているだろう?」

「うん、そうだけど...食べて空白になった分が増えて見えるよ。どうしてかな?」





これは広く知られている数学パズルで、あのMr.マリックさんもご自身のYouTube動画(※1)で紹介されていました。どうして空白が消えたのかを説明する方法はいくつかあると思いますが、この話をしたのは現在 noteで連載している『数学事始め』に関連させてのことです。小学算数なら「折れ線グラフ」、中学数学なら「1次関数」の数学雑談で有効だと思っています。平面の幾何で話すことも出来ますが、この分野の方がいいと思います。



さて小学4年生、中学2年生くらいに理由を説明するならどのようにしますか。



これから解説をしますが、数学の力をつけたいのならご自身で考えるのが理想です。1時間くらい格闘すれば気づくと思いますが、きちんと説明するのはやさしくないと思います。ヒントを頼りに考えてもやさしくないと思います。上の説明に誤魔化しがあるのですがとても気づき難いのです。



解決の糸口は 直線の傾き です。



小学4年生なら、実際に紙で同じものを作って説明すると目でも確認できるので、分かりやすいと思います。折れ線グラフで直線の傾きを学んでいると思うので、完全ではないにしても気づけると思います。

中学2年生なら、計算を使って完全に理解させることができると思います。



長方形の対角線で半分にしたときの直線の傾きは$\dfrac{5}{13}$ですね。次に①と④の傾きですが、見た目は①が$\dfrac{2}{\: 5 \:}$で、④は$\dfrac{3}{\: 8 \:}$です。ここに誤魔化しがあります。本来、どちらの直線の傾きも$\dfrac{5}{13}$でなけらばなりませんね。長方形の対角線の一部だからです。それが異なっているのは、見た目によるものです。太線で格子を入れたのはそのためです。左下隅から右に5、上に2進んだところで交わっているように見えますが、実際は少し下のところを直線は通過しています。
            $\dfrac{2}{\: 5 \:}-\dfrac{5}{13}=\dfrac{26-25}{65}=\dfrac{1}{65}$

が誤差で、①は高めになっています。そして

            $\dfrac{3}{\: 8 \:}-\dfrac{5}{13}=\dfrac{39-40}{104}=-\dfrac{1}{104}$

がもう一つの誤差で、④は低めになっています。さらに④の底辺の長さは8ではないし、②の図形の左上の角は直角ではありません。これらによって細長い隙間が生まれます。それがルートの食べたお餅の分です。

小学4年生は通分の分数計算を習っていないので、傾きが違うことは数値で理解し、図形を重ねることで実感でき隙間に気づけます。

中学2年生なら計算もできるので、隙間の面積の合計が100$cm^2$なることまでも確認できると思います。▢


※1 こちら↓で見られます。形や見せ方は違いますが原理は同じです。知っててもおもしろいです。やはりマリックさんですね。

ちょっと・・・それは・・・ ~ 定義とその周辺の話 ~

内容的には高校数学なのですが高校生には難しいと思います。ただ高校生であっても定義・定理(命題)・公理の区別が出来ているのであればおもしろいと思うし、数学教師志望の教育学部や数学科の学生には興味深い話だと思います。 現在、 『数学事始め』 では指数関数・対数関数の話をしています...