2022/10/15

実数で混乱したら読む話

※ 2022.10.15 一部加筆しました。

 いま『数学事始め』で不等式の証明を話しています。不等式の証明の1回目に、不等式を証明するときの前提を話しました。

    23.09 式と証明「不等式の証明 公理」 (クリックすれば見られます)

高校生には難しい話なのですが、『数学事始め』は数学を学び直したい人向けに書いているので、中学や高校の数学を逸脱することもときどきあります。そういうときは、これから先に何を学ぶのかをたのしみしてもらおうという考えで書いています。


さて、不等式で前提にする話を書きながら、大学数学に触れたときの混乱を思い出しました。高校数学Ⅲの微積分とも関連するのですが、「微分積分」での実数と「線形代数(代数)」での実数は仮定していることが少し異なります。

数学を教えている人にとっては自明のことなのでしょうが、初めて学ぶ人にとってはとても不親切です。


まず説明しやすい 線形代数(代数) での実数から話をします。

指導者や本にもよりますが (タイ)を大抵Kで表し、体を知らない場合は実数や複素数と仮定しなさいと教えます。このときの体というのは、集合Kが四則演算で閉じていることを仮定しています。高校数学までに学んだ計算ができることを前提にしています。
※ 体をKで表すのは、ドイツ語で体(からだ)がKörper(ケルパー)だからです。

つまり、線形代数での実数は「四則演算ができる」ことだけを仮定しています。代数で体を学ぶとこのことが書かれています。さらに実数や複素数以外の体、特に有限体を学んで抽象度が上がります。線形代数で体としているのは、その体が有限体などでもいいことを主張しているからです。ガロア理論まで学ぶと有難みが分かります。


次に高校数学での実数について話します。

四則演算だけでなく、絶対値の性質、常に大小関係が成り立つことや連続性までも仮定されています。直観的に言えば、数直線上の点全体です。なので微積分のときに少し混乱が生じます。実数の連続性を仮定しているので、ロルの定理、中間値の定理および平均値の定理に有難みを感じません。微分積分学の基本定理らしい証明が書かれていても、雰囲気だけを感じるものになっています。

なので大学数学を意識して書くのでなく、どのように使うかを前面に押し出して書いてしまう方がいいように思います。


最後に大学数学の微分積分での実数について話します。

高校数学までは実数の連続性を仮定して話を進めていたのですが、同じ微分積分をやっているのに様子が違います。実数についての議論が始まります。

「実数とはなにか」

こう言われても高校数学を通して数直線上の点だと認識しているのでとても困ります。線形代数でも実数を扱っているので混乱していまいます。教えている側はそんなことまで気が回らないので学生の混乱に気付きません。きちんと前提を確認しなければならないのに、それを疎かにしてしまいます。

では何を前提に話しているのでしょうか。

・四則演算で閉じている
・全順序である(大小関係が成り立つ)
・絶対値が定義されている
・高校までに学んだ無理数やその計算の仕方を知っている

の4つです。抜けているのは連続性です。微分を定義するときに困るので、どのように連続性を定義するかが問題になるのです。このときに コーシー(A.L.Cauchy) が話題に挙げられたりします。微分に整合性を持たせるために実数をどう定義するかの話になります。

[加筆] 四則、全順序、絶対値までは有理数のことです。ピタゴラス学派によって無理数が発見され、数直線上に有理数を並べてみたら穴が開いていたのです。そこで数の要請としては穴がないようにしたいので連続性の話になり、これを実数としようというのです。
  

何を公理(要請)にするかが問題です。

・デデキントの公理(切断)
・ワイエルストラスの公理(上限の存在)
・有界な単調数列は収束する
・アルキメデスの原理と区間縮小法

これらは互いに同値なので、どれを前提にしても実数を構成できます。この辺りまで話が進むと全体像が分かり難く、森を彷徨っている感じです。でもこれによって連続であることがとても有難く感じます。ロルの定理などにも意味を見出せます。


実数の構成方法にはコーシー列を利用する方法もあります。代数的にはこちらの方が有難いのですが、これを理解するまでに代数の知識、位相の知識が必要になります。

           松坂 和夫 著『代数系入門』(岩波書店)

に詳しく書かれています。p進数の完備化では助けられました。


実数を俯瞰してみると、結局、何を要請するかです。
0を含む自然数から数を学び、自然に大小関係があると認識します。そして正の分数や小数および四則計算を学び、数(スウ)は大小関係や四則計算があると自然に認識します。負の数や無理数を学んでもこれは変わりません。絶対値や不等式も自然に受け入れ、いつの間にか実数は数直線上に現れる数と認識しています。

突然、大学数学になると実数とは何かとか言われたり、四則計算だけが仮定されたりして混乱しますが、冷静にみると実数はいろいろな条件を要請されたものだと分かります。ここまでくると数列の極限に意味を見出せ、関数の極限との関係にも気づきます。

少しは混乱がほどけたでしょうか。▢

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ちょっと・・・それは・・・ ~ 定義とその周辺の話 ~

内容的には高校数学なのですが高校生には難しいと思います。ただ高校生であっても定義・定理(命題)・公理の区別が出来ているのであればおもしろいと思うし、数学教師志望の教育学部や数学科の学生には興味深い話だと思います。 現在、 『数学事始め』 では指数関数・対数関数の話をしています...