2022/11/26

近況報告を兼ねてお薦め本の紹介『若き数学者への手紙』 ついでに素イデアルによる局所化

ここしばらく数学雑談の更新が途絶えてしまっています。拙いブログでも愉しみにされている方には申し訳なく思います。

ここのところ専門の数学が思いの他読めているところです。

みなさんは大学3,4年のゼミ(セミナー)もしくは大学院での研究は満足したものだったでしょうか。私の場合は数学好きの数学オンチのため、学部時代は微分幾何に泣かされました。院生時代は代数的整数論を選んだので、毎週のセミナー準備に追われていました。この他に自主ゼミをしたりと自分のペースよりかなり無理したことをしたので細かい部分が十分に補足できず、血や肉になった感じを得ることなく、さらには新たな結果を論文に書けずに研究したことをまとめただけで終わってしまいました。

知識を付けるために単位や成績に関係なく受けた授業の雑談で話された内容がおもしろく、それをきちんとまとめて数学仲間に紹介をしましたが、自分のアイディアではないので論文にはしませんでした。その問題自体は数学者 矢野健太郎さんの新潮文庫で読んだように記憶しています。その解き方の流れを雑談でしてくれたのです。

このような院生生活でしたが、数学を深められたことに満足をしています。


いまは院生生活と比べたらスローですが、細かい部分・気になる部分も少しずつ埋められているのでよろこびを感じています。知識が増えている分捉え方も変わってきています(※1)。数学書の読み方などは謎の数学者さんの影響をかなり受けていて、いい方向に作用していると思います。

このため現在は『理一の数学事始め』の原稿と動画撮影で精一杯の状況です。


数学の合間や就寝前に軽い本を読んでいますが、『若き数学者への手紙』を読み返していておもしろいと思ったので紹介しておきます。

以前は最初から最後まで書かれているまま通して読んだためか、あまりおもしろいという印象はなかったのですが、いまは順番を無視しておもしろそうなタイトルを選んで読んでいます。これが良いのか、当たり外れはありますがおもしろく読めています。同じ項目を読むこともありますが、読み返すたびに印象が変わります。就寝前なのでそんなに多く読まないのもいい方向に作用しているのかもしれません。この本を読む前は『数学者の視点』を同じように繰り返し読んでいました。▢

紹介した本
    イアン・スチュワート 著『若き就学者への手紙』(日経BP社)
    深谷 賢治 著『数学者の視点』(岩波科学ライブラリー)


※1 つい先日あった具体例を一つ挙げておきます。$p$ を素数とするとき、

$$\mathbb{Z}_{(p)} :=\{\dfrac{a}{\:b\:} \mid a, \: b \in \mathbb{Z}, \: (b, p)=1 \}$$ 
       (ただし、$(b,p)=1$ は $b$ と $p$ が互いに素を表す記号)

と定義すると $\mathbb{Z}_{(p)}$ が有理数体 $\mathbb{Q}$ の部分環であることを確認するのは難しくないのですが、$p$ 進整数 $\mathbb{Z}_p$ を扱うときにこれが出てきます。剰余環の同型で出てくるので深く考えずに受け入れていたのですが、なぜこれを考えるのかが分からなかったのでしばらく自分なりに考えていたら気づいたのです、整数環 $\mathbb{Z}$ の素イデアル $(p)$ による局所化であることに。
代数が得意な人には当然のことなのでしょうが、うまく知識が消化されてないのだとつくづく思いました。

この定義自体が難しくないので、素イデアルによる局所化以外でも例として使われていて、複数の本で見知っていました。局所化を学んだときに例として挙げられていたかもしれませんが記憶にありません。そのときは $(p)$ が素イデアル $p\mathbb{Z}$ と認識していなく、$p$ に関係する記号とだけ捉えていたのだと思います。括弧を付けているのは $p$ 進整数との区別のためとみていました。

数学好きの数学オンチにはこんなことに気づくだけでもおもしろいのです。▮

2022/11/05

高校で学ぶ帰納法から大学で使う帰納法へ ~数学的帰納法~

:証明は後回しにしてクイズなどをたのしんでください。

自然数 $\mathbb{N}=\{1, \: 2, \:3, ...\}$ は大小 ≦ に関して $a\geqq b$ または $a\leqq b$ $(a, \: b \in \mathbb{N})$が成り立ちます(※1)。さらに次が成り立ちます:

命題1 $\mathbb{N}$ の任意の空でない部分集合は最小元をもつ。▮(※2)


$W$ が全順序集合であって、その任意の空でない部分集合が常に最小元をもつとき、$W$ を整列集合といいます。もちろん、$\mathbb{N}$ は整列集合であり、有限な全順序集合も整列集合です。理解を深めるために次のクイズを考えてみてください。

   クイズ 次の集合のうち整列集合をすべて挙げてください。(答えは ※3)
      (1) $W=\{a \in \mathbb{Q} \mid a \geqq -5 \}$
      (2) $W=\{-2, \: -1, \: 0, \:1, \:2 \}$
      (3) $W=\{\frac{1}{\:2\:}, \: \frac{2}{\:3\:}, \: \frac{3}{\:4\:}, \dots , \: \frac{n}{\:n+1\:}, \dots \}$
      (4) $W=\{a \in \mathbb{Q} \mid -1 \leqq a \leqq 1 \}$
      (5) $W=\{p \in \mathbb{N} \mid p は素数 \}$


いま、$W$ を1つの整列集合とします。$a \in W$ に対して

$$W[a]:=\{x \in W \mid x < a \}$$ 

とおきます。もし $a=\text{min} W$ ならば $W[a]=\varnothing$ であり、このときに限ります。


命題2 $V \subset W$ とする。任意の $a \in W$ に対して

$$W[a] \subset V \: \Longrightarrow \: a \in V$$

ならば、$V=W$ である。▮

実際、もし $V\neq W$ ならば $W \setminus V \neq \varnothing$ なので、整列集合の定義から最小元 $a \in W \setminus V$ が存在します。このとき $W[a] \cap (W \setminus V)=\varnothing$ であるから $W[a] \subset V$. したがって仮定から $a \in V$ となります。ところが これは $a$ の取り方 $a \in W \setminus V$ に矛盾します。▮

※ $W \setminus V$ は差集合を表しています:
$$W \setminus V=\{x \in W \mid x \notin V \}.$$


このことから次が言えます:


命題3
 整列集合 $W$ の元に関する命題 $P$ があって、それについて次の(♪)が示されたら、$P$ は $W$ のすべての元に対して成り立つ。

(♪)  任意に $a \in W$ をとる。$x < a$ である各 $x \in W$ に対して $P$ が成り立つと仮定すれば、$P$ は $a$ についても成り立つ。▮

実際、$P$ が成り立つような $W$ の元全体を $V$ とすれば (♪) によって $V$ は命題2の条件をもつからです。▮

この命題3は超限帰納法と呼ばれるものです。つまりクイズの答えの整列集合に関する命題に使えるということです。クイズの(5)の素数に関する証明があったと記憶するのですが、その例が見つけられませんでした。
ちなみに、授業で超限帰納法を学ばなくても証明では帰納法として使われます。確かに帰納法の原理が分かってしまえば受け入れられるように思うし、各自で調べるかレポート問題にすれば十分に思います(※4)。


  クイズ2 次の証明に誤りがあればそれを指摘してください。(答えは ※5)

    「碁石n個の集合があれば、その構成要素の碁石はすべて同色である」

証明 $n=1$ の場合は1個の碁石だからすべて同色である。そこで $n>1$ とし $n$ 個より少ない碁石の場合については正しいと仮定し、$n$ 個の場合を示す。

 $n$ 個の碁石を横一列に並べ、右端の碁石を1個取り除く。すると残りの碁石は $n-1$ 個なので帰納法の仮定から同色である。次に、取り除いた1個を元に戻して左端の1個を取り除く。残った $n-1$ 個の碁石は帰納法の仮定から同色である。したがって $n$ 個の碁石はすべて同色である。▮


余話
大学数学でも帰納法を使います。線形代数が最初だったと記憶しています。その後も代数ではよく出てきます。さて、数学者たちはだいたい次のように帰納法を使います。

「$n$ が1のときは明らかなので、$n$ より小さいときに成り立つと仮定し $n$ のときに成り立つことを示します。・・・」

高校で学んだ帰納法の証明と違ったことに困惑しました。$n=1$ のときを示して、$n=k$ を仮定し $n=k+1$ のときを確認するものと思っているのだから疑問符しか出てきません。学生の反応に「各自であとで確かめてください」と言って先に進んでしまいました。数学のできる人たちにはちょっとした表現の違いは何てことないのかと思いました。

と学生の頃は感じていましたが、こういう帰納法にいつの間にか慣れていました。▢


※1 全順序であるということを軽めにいいました。正しくは 集合Mが全順序であるとは
  順序 ≦ に関して次の3条件+1を満たすことです。

  (1) $a \in M$  ⇒  $a \leqq a$,
  (2) $a \leqq b$ かつ $b \leqq a$  ⇒  $a=b$,
  (3) $a \leqq b$ かつ $b \leqq c$  ⇒  $a \leqq c$,
  (4) $a, \: b \in M$  ⇒  $a \leqq b$ または $b \leqq a$.

  (1)~(3) だけの場合は、Mは順序集合と呼ばれます。


※2 命題1  $\mathbb{N}$ の任意の空でない部分集合は最小元をもつ。

  実際、帰納法によって次のように示せます。
  $M \subset \mathbb{N}, \: \neq \varnothing$ とすると、$M$ は少なくとも1つの自然数を含む。もし $1 \in M$ ならば 1 が $M$ の最小元なので、$M$ が $n$ 以下の自然数を含む場合にはこの定理が成り立つと仮定します。このとき $n+1 \in M$ の場合にも成り立つことを示します。

 もし $M$ が $n$ 以下の自然数を含む場合は帰納法の仮定から $M$ は最小元をもちます。$M$ が $n$ 以下のどの自然数も含まないならば、$n+1 \in M$ が $M$ の最小元になります。▮

※3 (2), (3), (5)  :任意の部分集合が最小元をもつかを確認する。例えば

  (1) $\{a \in \mathbb{Q} \mid a > -5 \}\subset W$
  (4) $\{a \in \mathbb{Q} \mid -1 < a < 1 \}\subset W$

 は最小元が存在しません。


※4 大学の授業だけですべてをカバーすることはできません。興味のある数学は独学するか、友だち同士でセミナーを開くことをします。先輩や大学院生と繋がりをもてると独自研究が捗ります。


※5 $n=2$ として読んでみると、1個を取り除いた残りの碁石は1個なので同色なのですが、その色が取り除いた碁石と同色とは言っていません。取り除いた碁石と残りの碁石が同色という場合には3個以上なければなりません。したがって、もしもこれを帰納法で証明する場合には $n=1$ および $n=2$ の場合を示しておく必要があります。その上で3以上の任意の $n$ に対して、$n$ 個より少ない場合は正しいと仮定することになります。
でも既に気づいている通り $n=2$ の場合に正しいとは言えないので命題は偽です。

これは『代数学入門』の p117 に書かれている誤用例です。2個の場合に成り立たないというのはすぐに気づくのですが、誤りを指摘するとなるとかんたんではありませんね。


参考文献
松坂 和夫 著『集合・位相入門』(岩波書店) 第3章 順序集合 特に、pp99-101.
永田雅宜・吉田憲一 共著『代数学入門』(培風館) 8章 順序集合の利用 pp111-117.
G.チャートランド, A.D.ポリメニ, P.チャン 共著『証明の楽しみ 基礎編』 第9章 帰納法

2022/10/29

パスカルの解法とパスカルの三角形の由来 ~パスカルとフェルマの考えた問題 [後] ~

前回は確率のはじまりといわれるパスカルとフェルマの考えた問題とフェルマの解答を紹介しました。今回はパスカルの解答を紹介します。


(再掲)【賭け金分配問題】
2人のプレーヤーがいくらかの賭け金を出してゲームを始めたところ、途中で中止しなければならなくなったという。このとき、賭け金をどのように分配すれば公平であろうか。


フェルマと同じく、次のパチオリの問題でパスカルの考えたことを紹介します:

「技量の等しいAとBがいくらかの賭け金を出してゲームを行い、先に6回勝った方が賭け金を全部もらえることにした。ところが、Aが4回、Bが3回勝ったところでゲームを中止しなければならなくなった。賭け金をどう分配すれはよいか。」


便宜上、それぞれの賭け金を点数化して32点ずつ賭けたとし、計64点の分配を考えます。また、Aがa回、Bがb回勝ったことを (a, b) と書くことにします。
パスカルは (5, 4) の状態での分配から考えました。
次にAが勝てば (6, 4) となり64点もらえます。Bが勝った場合は (5, 5) となるので32点ずつ分配するのが妥当です。そこでAはBにこのように持ち掛けます。

A「負けたとしても32点はもらえる。残りの32点だが、次にどちらが勝つかは同じだけチャンスがあるのだから半々に分けるのが妥当ではないか。だから48点と16点で分配しよう」
      (この考えを受け入れるかどうかという問題はあります)

次に考えたのは (5, 3) の状態からの分配です。
次にAが勝てば (6, 3) となり64点もらえます。Bが勝った場合は (5, 4) となりますが、これは先ほど考えた場合なので A48点, B16点 がもらえます。だからAは負けたとしても48点はもらえます。残りの16点は先ほどと同じで半々に分けるのが妥当です。
よって、 A 56点, B 8点 と分配するのが妥当と考えられます。


パスカルの考えでうまいのは帰納的に考察している点です。


ではいよいよ (4, 3) のときの分配を考えてみましょう。
(ここで考えを整理するために、少し自分で考えてみるのもおもしろいと思います)

次にAが勝てば (5, 3) となるので、先ほどの考えからA 56点, B 8点 もらえます。Bが勝った場合は (4, 4) となるので半々の32点ずつの分配になります。ということは、勝っても負けても A 32点, B 8点 がもらえます。ということは残りの24点の分配を考えますが、勝つチャンスは同じなので半々に分けるのが妥当です。
よって、 A 44点, B 20点 と分配するのが妥当だと考えられます。


この結果は、前回紹介したフェルマの分配の仕方と同じです。フェルマは 11:5 で分配すると結論を出しましたが、パスカルの結果も 44:20=11:5 です。解に到る経路は異なりましたが、同じ結論を得ました。フェルマは勝つチャンスの割合で分配し、パスカルは帰納的な考えを用いて分配しました(※1)。



パスカルはこのように帰納的に考察し、パスカルの三角形を用いて完全に解決したと言われています。この過程で二項係数の性質

$$\dbinom{n}{k}+\dbinom{n}{k+1}=\dbinom{n+1}{k+1}$$

も示したそうです。なお、$\dbinom{n}{r}={}_n C_r$ (二項係数) です。
どのようにパスカルの三角形を使うかを高校数学で学ぶ確率を利用して説明します。

Aが $a$ 勝、Bが $b$ 勝すれば勝負がつくとすると $a+b-1$ 回以内で勝負がつきます。また、技量が等しいので1回の勝負でA,Bそれぞれの勝つ確率を $\dfrac{1}{\:\:2\:\:}$ とします。
このときAが $a+b-1$ 回中 $r$ 回勝つ確率は

$$\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^r \big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1-r}=\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}$$

となります。

したがって、Aが $a+b-1$ 回中 $a$ 回以上勝つ確率$P(A)$は

$$P(A)=\displaystyle \sum_{r=a}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}.$$

同様にして、Bが $a+b-1$ 回中 $b$ 回以上勝つ確率$P(B)$は

$$P(B)=\displaystyle \sum_{r=b}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}$$

です。分配の仕方は期待値の比ですが、この場合は確率の比と同じです。したがって

              $P(A) : P(B)$
$$=\displaystyle \sum_{r=a}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}:\displaystyle \sum_{r=b}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}\big(\dfrac{1}{\:\:2\:\:}\big)^{a+b-1}$$
           $=\displaystyle \sum_{r=a}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}:\displaystyle \sum_{r=b}^{a+b-1}\dbinom{a+b-1}{r}.$


したがって、パスカルの三角形があればかんたんに計算ができます。
パチオリの問題に適用してみます。Aはあと2回、Bはあと3回勝てばゲームは終了します。だから4回以内に終わるので、次の三角形で十分です。


パスカルの三角形の対称性 $\dbinom{n}{r}=\dbinom{n}{n-r}$ から、赤い部分がAで緑の部分がBです。
つまり
$$P(A):P(B)=(1+4+6):(4+1)=11:5$$
と分かります。このようにパスカルの三角形さえあればかんたんに計算できます。

パスカルの三角形と呼ばれるようになったのは以前から知られていた 数の三角形 を確率計算に使ったこともあると思いますが、帰納的推論が高く評価されたというのもあるようです。メレをはじめとする賭博師たちもこの結果に納得したと思います。▢


※1 現代の視点だといずれも期待値の計算です。パスカルはパチオリの 4:3 を支持していたようですが、フェルマの指摘により考えを改めたという記述もあります。誤りを認めることも指摘することも同じ結果を得ることもフェルマの洞察力にも感心させられます。
確率論の延長線上にルベーグ積分(解析学)があります。私の知らない世界なので、興味があれば各自でお楽しみください。


参考文献
       渡部 隆一 著『確率』(共立出版)
       E.T. ベル 著『数学をつくった人びと(上)』(東京図書)
       数学セミナー増刊『100人の数学者』(日本評論社)
       吉永 良正 著『数学を愛した人たち』(東京出版)

最初にパスカルとフェルマの往復書簡を知ったのは
        矢野 健太郎 著『すばらしい数学者たち』(新潮文庫)
でした。
※ (4, 3) に対する考え方は上の参考文献には書かれていないのですが、ずっと昔、高校生の頃に矢野健太郎氏の本で読んだように記憶しているのですが、どの本だったのか覚えていません。講談社現代新書だったかな...

2022/10/22

確率論の始まりとフェルマの解答 ~パスカルとフェルマの考えた問題 [前] ~

B.Pascal(パスカル 1623-1662)とP.Fermat(フェルマ 1607-1665)の1654年7月ー10月に交わした往復書簡(8通)が確率論のはじまりと言われています。

パスカル:「人間は考える葦である」(パンセ)、パスカルの原理(圧力の原理)、幾何学
フェルマ:フェルマの最終定理、微分、解析幾何学、数論

が直ぐに思い浮かびます。この2人(当時 31歳、47歳)の往復書簡はパスカルの知人メレ(賭博師)から出された問題解決のためのものでした。

メレからの質問は2つで「勝つ見込み」と「賭け金分配」です。ここでは「賭け金分配」について取り上げます(※1)。


賭け金分配問題
 2人のプレーヤーがいくらかの賭け金を出してゲームを始めたところ、途中で中止しなければならなくなったという。このとき、賭け金をどのように分配すれば公平であろうか。


この問題はその当時のギャンブラーにはよく知られていたらしく、イタリアの数学者パチオリ(Pacioli 1445-1515)が著書で書き残しているそうです。


「技量の等しいAとBがいくらかの賭け金を出してゲームを行い、先に6回勝った方が賭け金を全部もらえることにした。ところが、Aが4回、Bが3回勝ったところでゲームを中止しなければならなくなった。賭け金をどう分配すれはよいか。」パチオリ


パチオリは勝ち数に比例した 4対3 で分ければよいと考えたらしい...これをメレが質問したということは、この答えに疑問を持っていたと考えられます。この問題をめぐって往復書簡がはじまったということです。パスカルはフェルマに間違いを指摘されたようですが、結局は2人とも別々に同じ解答を得たとのことです。

みなさんはどのように解かれるでしょうか。今回はフェルマの方法を紹介します。



フェルマの解法
あらゆる勝ち負けの可能性を考え、Aの勝つチャンスとBの勝つチャンスの比で分配する。

パチオリの問題を解いてみます:
Aはあと2勝、Bはあと3勝すれば賞金が全部もらえます。したがって多くて4回の勝負でゲームは終了します。これを踏まえて勝負の可能性を書き上げてみます。

Aが勝つことを〇、Bが勝つことを●で表すと次の通りです。($2^4=16$ 通り)

         〇〇〇〇  〇〇〇▲  〇〇▲〇  〇▲〇〇
         ▲〇〇〇  〇〇▲▲  〇▲〇▲  ▲〇〇▲
         〇▲▲〇  ▲〇▲〇  ▲▲〇〇  〇▲▲▲
         ▲〇▲▲  ▲▲〇▲  ▲▲▲〇  ▲▲▲▲

これら16通りはすべて同じよう現れると考えられる。Bが賞金をもらえるのは下線を付けた5通り、Aが賞金をもらえるのは残りの11通り。
よって、賞金を AとBの比を 11対5 で分配すればよい。▮



参考文献
       渡部 隆一 著『確率』(共立出版)
       E.T. ベル 著『数学をつくった人びと(上)』(東京図書)
       数学セミナー増刊『100人の数学者』(日本評論社)
       吉永 良正 著『数学を愛した人たち』(東京出版)

※1 渡部隆一氏の『確率』に書かれている問題と答え(pp.64-65)
  問題 2つのサイコロを何回か投げて少なくとも1回6のぞろ目が出たら勝ちとする。
    このゲームにおいて、内科医投げれば勝つ見込みができるか。
  
  答え 25回以上投げる

2022/10/15

実数で混乱したら読む話

※ 2022.10.15 一部加筆しました。

 いま『数学事始め』で不等式の証明を話しています。不等式の証明の1回目に、不等式を証明するときの前提を話しました。

    23.09 式と証明「不等式の証明 公理」 (クリックすれば見られます)

高校生には難しい話なのですが、『数学事始め』は数学を学び直したい人向けに書いているので、中学や高校の数学を逸脱することもときどきあります。そういうときは、これから先に何を学ぶのかをたのしみしてもらおうという考えで書いています。


さて、不等式で前提にする話を書きながら、大学数学に触れたときの混乱を思い出しました。高校数学Ⅲの微積分とも関連するのですが、「微分積分」での実数と「線形代数(代数)」での実数は仮定していることが少し異なります。

数学を教えている人にとっては自明のことなのでしょうが、初めて学ぶ人にとってはとても不親切です。


まず説明しやすい 線形代数(代数) での実数から話をします。

指導者や本にもよりますが (タイ)を大抵Kで表し、体を知らない場合は実数や複素数と仮定しなさいと教えます。このときの体というのは、集合Kが四則演算で閉じていることを仮定しています。高校数学までに学んだ計算ができることを前提にしています。
※ 体をKで表すのは、ドイツ語で体(からだ)がKörper(ケルパー)だからです。

つまり、線形代数での実数は「四則演算ができる」ことだけを仮定しています。代数で体を学ぶとこのことが書かれています。さらに実数や複素数以外の体、特に有限体を学んで抽象度が上がります。線形代数で体としているのは、その体が有限体などでもいいことを主張しているからです。ガロア理論まで学ぶと有難みが分かります。


次に高校数学での実数について話します。

四則演算だけでなく、絶対値の性質、常に大小関係が成り立つことや連続性までも仮定されています。直観的に言えば、数直線上の点全体です。なので微積分のときに少し混乱が生じます。実数の連続性を仮定しているので、ロルの定理、中間値の定理および平均値の定理に有難みを感じません。微分積分学の基本定理らしい証明が書かれていても、雰囲気だけを感じるものになっています。

なので大学数学を意識して書くのでなく、どのように使うかを前面に押し出して書いてしまう方がいいように思います。


最後に大学数学の微分積分での実数について話します。

高校数学までは実数の連続性を仮定して話を進めていたのですが、同じ微分積分をやっているのに様子が違います。実数についての議論が始まります。

「実数とはなにか」

こう言われても高校数学を通して数直線上の点だと認識しているのでとても困ります。線形代数でも実数を扱っているので混乱していまいます。教えている側はそんなことまで気が回らないので学生の混乱に気付きません。きちんと前提を確認しなければならないのに、それを疎かにしてしまいます。

では何を前提に話しているのでしょうか。

・四則演算で閉じている
・全順序である(大小関係が成り立つ)
・絶対値が定義されている
・高校までに学んだ無理数やその計算の仕方を知っている

の4つです。抜けているのは連続性です。微分を定義するときに困るので、どのように連続性を定義するかが問題になるのです。このときに コーシー(A.L.Cauchy) が話題に挙げられたりします。微分に整合性を持たせるために実数をどう定義するかの話になります。

[加筆] 四則、全順序、絶対値までは有理数のことです。ピタゴラス学派によって無理数が発見され、数直線上に有理数を並べてみたら穴が開いていたのです。そこで数の要請としては穴がないようにしたいので連続性の話になり、これを実数としようというのです。
  

何を公理(要請)にするかが問題です。

・デデキントの公理(切断)
・ワイエルストラスの公理(上限の存在)
・有界な単調数列は収束する
・アルキメデスの原理と区間縮小法

これらは互いに同値なので、どれを前提にしても実数を構成できます。この辺りまで話が進むと全体像が分かり難く、森を彷徨っている感じです。でもこれによって連続であることがとても有難く感じます。ロルの定理などにも意味を見出せます。


実数の構成方法にはコーシー列を利用する方法もあります。代数的にはこちらの方が有難いのですが、これを理解するまでに代数の知識、位相の知識が必要になります。

           松坂 和夫 著『代数系入門』(岩波書店)

に詳しく書かれています。p進数の完備化では助けられました。


実数を俯瞰してみると、結局、何を要請するかです。
0を含む自然数から数を学び、自然に大小関係があると認識します。そして正の分数や小数および四則計算を学び、数(スウ)は大小関係や四則計算があると自然に認識します。負の数や無理数を学んでもこれは変わりません。絶対値や不等式も自然に受け入れ、いつの間にか実数は数直線上に現れる数と認識しています。

突然、大学数学になると実数とは何かとか言われたり、四則計算だけが仮定されたりして混乱しますが、冷静にみると実数はいろいろな条件を要請されたものだと分かります。ここまでくると数列の極限に意味を見出せ、関数の極限との関係にも気づきます。

少しは混乱がほどけたでしょうか。▢

2022/10/08

式 x + 1/x と相反方程式  ~入試問題の元ネタ~

受験数学でよくみる問題に

        「$a+\dfrac{1}{\:\:a\:\:}=4$ のとき、$a^2+\dfrac{1}{\:a^2\:}$ の値を求めよ」

というのがあります。高校の頃に使っていた受験問題集では $a+\dfrac{1}{\:\:a\:\:}$ の形を何度も目にしました。$a \cdot \dfrac{1}{\:\:a\:\:}=1$ となるからだと思っていたのですが、元々は特殊な方程式を解くときの道具でした。

多項式
$$f(x)=c_0x^n+c_1x^{n-1}+c_2x^{n-2}+ \cdot +c_n \:\: (c_0 \neq 0, \: c_i \in \mathbb{R})$$
において、$c_i=c_{n-i} \: (i=0, \:1, \:2, \dots , \: n)$ が成り立つとき、$f(x)$ を相反多項式、$f(x)=0$ を相反方程式と呼びます。(※1)

例1 (相反多項式)
① $f(x)=x^4+3x^3+2x^2+3x+1$ ② $f(x)=x^5-2x^4+x^3+x^2-2x+1$


相反方程式を解くときに $x+\dfrac{1}{\:\:x\:\:}$ が使われます。具体的にみてみましょう。


例2(相反方程式①)$x^4+3x^3+2x^2+3x+1=0 \:\: (x \in \mathbb{C})$ を解いてみます。

$x=0$ は解ではないので、両辺を $x^2 \neq 0$ で割ると
$$x^2+3x+2+\dfrac{3}{\:x\:}+\dfrac{1}{\:x^2\:}=0,$$
$$\Big(x^2+\dfrac{1}{\:x^2\:}\Big)+3\big(x+\dfrac{1}{\:x\:}\big)+2=0.$$

ここで、$t:=x+\dfrac{1}{\:x\:}$ とおくと $t^2-2=x^2+\dfrac{1}{\:x^2\:}$ となる。したがって
$$t^2+3t=0,$$
$$t=0, \: -3.$$
i) $t=0$ のとき
$$x+\dfrac{1}{\:x\:}=0,$$
$$x=\pm \sqrt{-1}.$$
ii) $t=-3$ のとき
$$x+\dfrac{1}{\:x\:}=-3,$$
$$x=\dfrac{-3 \pm \sqrt{5}}{2}.$$
よって
$$x=\pm \sqrt{-1}, \: \dfrac{-3 \pm \sqrt{5}}{2}. \: ▮$$

(補足)$x+\dfrac{1}{\:x\:}=-3$ ⇒ $x^2+3x+1=0$ ⇒ $x=\dfrac{-3 \pm \sqrt{5}}{2}.$


例3(相反方程式②)$f(x)=x^5-2x^4+x^3+x^2-2x+1=0 \:\: (x \in \mathbb{C})$ を解く。

$f(-1)=0$ となるので $f(x)$ は $x+1$ を因数にもつ。
$$f(x)=(x+1)(x^4-3x^3+4x^2-3x+1).$$
したがって
$$x^4-3x^3+4x^2-3x+1=0$$
を解く。両辺を $x^2 \neq 0$ で割ると
$$x^2-3x+4-\dfrac{3}{\:x\:}+\dfrac{1}{\:x^2\:}=0,$$
$$\Big(x+\dfrac{1}{\:x\:}\Big)^2-3\Big(x+\dfrac{1}{\:x\:}\Big)+2=0,$$
$$\Big(x+\dfrac{1}{\:x\:}-1\Big)\Big(x+\dfrac{1}{\:x\:}-2\Big)=0.$$

i) $x+\dfrac{1}{\:x\:}-1=0$ のとき
$$x=\dfrac{1 \pm \sqrt{-3}}{2}.$$
ii) $x+\dfrac{1}{\:x\:}-2=0$ のとき
$$x=1\:(重根).$$
よって
$$x=-1, \: 1\:(重根), \: \dfrac{1 \pm \sqrt{-3}}{2}. \: ▮$$

: $x=-1$ は $x+1$ を因数に持つからです。


このように式 $x+\dfrac{1}{\:\:x\:\:}$ が使われます(※2)。なお、いまは大学の授業で相反方程式を扱うことはないと思います。線形代数を教えるようになる以前の「代数と幾何」を授業でやっていた頃はあったと思います。最初の値を求める問題は、その頃に入試問題として出題されたのだと思います。誘導で相反方程式を解かせていたかもしれません。▢

おまけ 方程式 $2x^6-11x^5+17x^4-17x^2+11x-2=0 \:\: (x \in \mathbb{C})$
   を解いてみてください。


※1 相反方程式という場合、ここでの定義でなく条件を強くした偶数次数とする場合もあります。このときは $t:=x+\dfrac{1}{\:x\:}$ と置いて解くことが出来ます。
他に $a$ を根に持つとき $\dfrac{1}{\:a\:}$ を根にもつという条件を定義にすることもあります。最後の "おまけ" がこれにあたります。

※2 奇数次の相反方程式は $x+1$ を因数に持ちます(各自で考えてみてください)。偶数次の相反方程式は ※1 にある通りです。


参考文献
岩切晴二 著『代数学・幾何学詳説』(培風館)p.61
永田雅宜・吉田憲一 共著『代数学入門』(培風館)pp.183-187


おまけのヒント
:$x^3$ で割ってみると気づくかと思います。$x-\dfrac{1}{\:x\:}$ を因数にもちます。

おまけの答え $x=\pm 1, \: 2, \: \dfrac{1}{\:2\:}, \: \dfrac{3 \pm \sqrt{5}}{2}$

2022/10/01

数学少年が一度は憧れる場所  ~この話はどこに向かっていくのか⑥終~

最初に、皆さんに紹介したい本を提示します。数学に興味があれば一度は目にしているかもしれませんし、既に読まれてるかもしれません。

   加藤 和也 著『フェルマーの最終定理・佐藤-テイト予想解決への道』
                      (類体論と非可換類体論1)


大学入試問題の数学が解けなくても数学をたのしむことはできます。歴史クイズが解けなくても歴史がたのしめるのと同じです。文系、芸術系、体育系とか関係なく、もちろん学歴や年齢にも関係なく、興味を持ったら数学をたのしんでください。


数学への興味の持ち方はいろいろです。

フィールズ賞(数学の賞)を日本人数学者が受賞しニュースで大々的に取り上げられ、その数学に興味を持つとか。教科書に書かれている数学者の逸話に興味をもつとか。数学教師の数学雑談で未解決問題を知るとかたくさん考えられます。

よくあるのは2次方程式の根の公式(解の公式)を学び、3次方程式・4次方程式には根の公式があるが、5次以上の代数方程式は一般に解けないということです。これを解決した数学者の一人アーベルの28歳での病死や、もう一人の数学者ガロアの決闘のために20歳で亡くなったことなどは衝撃的です。

階乗が使われる例として書き始めたn次対称群および交代群が5次以上の代数方程式には根の公式が存在しないことに大きく関わっています。それを紹介している啓蒙書なら、根の置換と対称群・交代群には触れていると思います。でも啓蒙書は動機を与えるものなので、詳しいことは分かりません。わたしも数冊読みましたが、雰囲気だけしか掴めませんでした。

この話が書かれている啓蒙書のタイトルには『ガロア理論』(※1) が入っています。専門書なら 群・環・体・ガロア理論 という並びで書かれていることが多いです。専門書に


   E.アルティン 著『ガロア理論入門』(東京図書、ちくま学芸文庫)


があります。線形代数だけを前提に書かれているというので購入したのですが、その当時の私には読めませんでした。結果的に読んだのですが代数の本でガロア理論を学んだ後です。

ガロア理論の概要を啓蒙書で掴んだ後は、代数学の入門書で「群・環・体・ガロア理論」を学ぶ方が早いと思います。数学への興味は「なぜ成り立つのか」を自分の頭で理解したいというところにあると思います。結果だけで満足するのでなく、理由も知りたくなるのが常だと思います。


代数学を独学するなら

         新妻 弘, 木村 哲三 共著『群・環・体 入門』

が読みやすく、代数の基本が身に着けられます。
代数学の入門書は数多あります。

      石田 信 著『代数学入門』、松坂 和夫 著『代数系入門』

をお薦めしますが、専門書の選び方・読み方は 謎の数学者さんのYouTubeチャンネル がとても参考になります。その方法を実践している感想です。大学・大学院時代に知っていたら少し人生が変わっていたかもしれません。


ガロア理論は「5次以上の代数方程式が一般に解けない」を超えて応用されています。その一つに整数論があるのですが、高木貞治の『類体論』もその一つです。最初に提示した加藤和也さんの本を読むとそれがよく分かります。『類体論と非可換類体論1』は物語の導入ですが、ガロア理論や整数論に興味があればおもしろいと思います。非可換類体論はラングランズ予想の話です。動画 Langlands Program が参考になります。

これからも数学をたのしみましょう。▢

※1 ガロア理論、ガロワ理論、Galois 理論などと表記されています。E.Galois はフランス人で、Galois の音は「ガロワ」の方が近いと思いますが、「ガロア」表記の方が多いです。

ちょっと・・・それは・・・ ~ 定義とその周辺の話 ~

内容的には高校数学なのですが高校生には難しいと思います。ただ高校生であっても定義・定理(命題)・公理の区別が出来ているのであればおもしろいと思うし、数学教師志望の教育学部や数学科の学生には興味深い話だと思います。 現在、 『数学事始め』 では指数関数・対数関数の話をしています...