注:※2の集合の包含関係の示し方を追加しました。(2022.8.29)
今回は特殊な写像を紹介します。特殊とはいっても写像を扱うときにはよく目にするものなので、学び進めていくうちにお馴染みさんになります。
2つの集合 A, \: B に対して、写像 f:A \rightarrow B を考えます。このとき写像の定義から f(A)\subset B です(※1)。これがふつうなので、写像は 中への写像 ともいいます。
写像の中には f(A)=B \: ・・・ \: (★) となるものもあります。このとき、終域 B 全体に写ることから、この写像を 全射 と呼びます。
※※ A \subset B は A=B も含みます。
全射は次のように言い換えることもできます:どんな b \in B に対しても f(a)=b となるような a \in A が必ず存在する。・・・ (★★)
これは f(A) \supset B であることを意味しています(※2)が、写像であれば f(A) \subset B が成り立っているので f(A)=B であることがいえます。
注:f(A)=B は集合が等しいということなので f(A) \subset B かつ f(A) \supset B であることを意味しています。等号は、数の他に集合や関数などにも使われるので注意が必要です。
つまり (★) と (★★) は同値なのでどちらを全射の定義にしても構いません(※3)。この話の流れだと (★) を定義にしています。
例(全射)関数 f:\mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R}_{\geq 0} \: ; \: f(a)=a^2 , \: a \in \mathbb{R}.
(理由:0以上の実数を何でもいいので想定してください。仮にそれを b とします。このとき、b=x^2 となる x \in \mathbb{R} が見つけられますね)
次は、元が違えば写った先も違うという写像です。至ってふつうの写像に見えませんか。式で表現すると "a \neq b \Rightarrow f(a) \neq f(b)" です。このような写像を 単射 と呼びます。"\neq" が扱いにくいことから、対偶 "f(a)=f(b) \Rightarrow a=b" を定義にすることもあります(※3)。
例(単射)関数 f:\mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R} \: ; \: f(a)=2^a , \: a \in \mathbb{R}.
(理由:a \neq b であれば、単調増加関数であることから f(a) \neq f(b) です)
このことから実数を未知数とする方程式 2^x=8 を解くことができます。
一見、中学生にも解けそうですが... x=3 と出せたからといって解けたといえるのでしょうか。パズルなら目を瞑ります。
注:単射をふつうの写像のように書きましたが、実際は特殊な写像です。高校までの関数を考えても単射でないものがいくつも出てきます。例えば、実数上の関数 f(x)=x^2 は単射ではありません。-2 \neq 2 ですが f(-2)=4=f(2) だからです。
写像の中には、全射かつ単射である写像もあります。この写像を 全単射 または 双射 と呼びます。"全単射" は "行列" に並ぶ名訳だと思います。
例(全単射)関数 f:\mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R} \: ; \: f(a)=2a+1, \: a \in \mathbb{R}.
特に、写像 f:A \rightarrow B が単射であれば、f:A \rightarrow f(A) \: (\subset B) とすることにより f は全単射になります。f が全射であっても少し工夫すれば全単射の写像を構成することはできますが、知識が足りないのでお楽しみとして取っておきます。
最後に、単調な写像を紹介します。自分自身に写す対応で 恒等写像 と呼ばれるものです。でも知識が増えるにつれ大切な写像であることに気づきます。恒等写像は 1, \: I, \: id などを用いて表されます。1 は単位元から、I, \: id は identity mapping (恒等写像) から来ています。恒等写像を式で表現すると
1_A:A \rightarrow A \: ; \: 1_A(a)=a, \: a \in A
です。このように index (添字) を付けて表現することもあります。
例(恒等写像)関数 f:\mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R} \: ; \: f(a)=a, \: a \in \mathbb{R}. (関数 y=x のこと)
例がすべて関数になってしまったのは、高校数学までを前提にして書いているのでお許しください。線形代数、位相幾何、微分幾何、代数などを学べばいろいろな例に出会えます。▢
余話
全射は 上への写像 とも呼ばれます。これは 中への写像 に対応している言葉です。単射は対応が1対1なので単(1つ)を使った翻訳になっていますが、そのまま 中への1対1写像 とも呼ばれます。
上への写像は onto-mapping、1対1写像は one-to-one mapping の翻訳です。一方、全射は surjection、単射は injection、全単射は bijection の翻訳です。双射としているのは bi-jection だからです。冗談だと思いますが、sur-jection を上射、in-jection を注射というのも考えられたそうですが、上射は乗車、注射は注射器の注射を連想するので浸透しなかったようです。中射としても中への写像が連想されるのでよくないですね。
(数学者の森毅氏の本[不明]でこのようなことを読んだ記憶があります)
他人に説明するときには 全射・単射・全単射 を使うことが多いのですが、ふだんは全射・単射・双射 もしくは surj.・inj.・bij. を使います。▮
※1 前回の 「関数と写像」 をご覧ください。
※2(追加) 集合の包含関係 A \subset B を示すには、集合Aが集合Bに含まれることを言えばいいから、"a \in A \rightarrow a \in B" を示せばよい。これは包含関係を示すときによく使われるものです。
※3 どちらを定義にするかは好みです。指導者や本によって異なり、数学ではよくあることです。どのように組み立てたいかに依ります。