2022/08/20

関数と写像 ~この話はどこへ向かっていくのか~

階乗が出てくる実例としてn次対称群の話を書き、ついでに対称群も...と思ったら写像の知識が必要でした。写像は現代数学には欠かせない基礎知識です。「関数と写像は同じ」と説明すると、解析でしか使わないように思えますし、中高数学で学んだ関数だけを思う浮かべてしまうかもしれません。この点に注意して話を進めていきます。(※1)


「関数」は1670年代にライプニッツ(G.W.Leibniz ニュートンと並ぶ微積分法の始祖)が用いたが、この頃の関数は現代の意味とは異なり "何かに従属して変動する量またはそれを表現する式" を意味していた。1745年、オイラー(L.Euler オイラーを冠した定理や概念が多い)は "変数と定数から組み立てられた解析的な式" として定義した。$f(x)$ も用いられている。
※※ 中高の数学はこのころの関数を意識して書いているから「定義域を求めよ」が問題になるのだと思います。

ディリクレ(P.G.L.Dirichlet ディリクレ級数、ディリクレL関数)の1837年のフーリエ級数に関する論文で、"$x, y$ の関係が数学的算法で表されると考える必要はない" ことに言及し "関数とは対応に他ならない" ことを明らかにした。だんだん整備され現代の写像に到る。

黎明期は集合の概念も数の概念も現代のように整備されていません。現代でも「関数」が使われているのは、先人への敬意が感じられますね。解析系では関数が多く使われ、幾何系では両方、代数系では写像の方が多いように思います。「関数」を使うのは、行先が実数とか複素数のときのようです。


(ここから本題)

写像について 空でない2つの集合 $A, \: B$ に対して、任意の $a \in A$ に何らかの約束によって1つの $b \in B$ が対応しているとき、 $A$ から $B$ への写像が定義されているといいます。与えられた写像を $f$ で表し、この写像 $f$ によって $a$ が $b$ に対応することを

               $f:a \mapsto b$ または $b=f(a)$

と書きます。$f(a)$ は $f$ によって $a$ に対応する $B$ の元を表しています(※2)。この定義で大事な部分は、対応する元が1つであることと "任意の $a \in A$" とあるので対応しない $A$ の元はないことです。もしも対応する元が2つ以上あったり、対応しない $A$ の元があったりしたら写像ではありません(※3)。

$f$ が $A$ から $B$ への写像であることを

                   $f\: : \: A \rightarrow B$

と書き、集合 $A$ を定義域、集合 $B$ を終域といいます。このように写像には定義域が付きものなので、定義域を問題にするのはおかしいのです。上で述べたように定義域の元(ゲン)には必ず何かが対応しますが、終域には対応しない元があっても構いません。

$a$ に対応する $f(a)$ を $a$ といい、集合 $A$ の各 $a$ に対応する像 $f(a)$ 全体を $f$ による $A$ の像といい、$f(A)$ と書きます。つまり

               $f(A):=\{f(a)\in B \mid a \in A \}$

ということです。この定義域 $A$ の像のことを値域ともいいます。集合の像は $A$ の部分集合 $A' \subset A$ に対して考えることもできます。(※4)

補足 写像を考えはじめると 集合の直積 がよく顔を出します(※5)。集合の直積というのは元の組全体のことです。2つの集合 $A, \: B$ に対して $A \times B$ を次のように定義します:

                                 $A \times B:=\{(a, \: b) \mid a \in A, \: b \in B \}$.


用語の説明はこれくらいにして、写像の理解を深めましょう。高校数学までに現れるものを例に挙げます。〇〇関数は例としてつまらないので除きます。

例1(数列) 「えっ」と思いましたか。数列は "数を一列に並べたもの" と覚えていると思いますが、最初はこれで十分だと思います。もし "数列は関数だ" と言われたら混乱します。教師によっては ”自然数から実数への関数” という説明をしているかもしれませんが、教科書には書かれていないと思います。

数列を $\{a_n \}$ と表記しますが、集合ではないので $(a_n)$ という表記もされます。数列を正の整数から実数への写像としたとき

              数列 $\{1, \: 3, \: 5, \: ,..., \: 2n-1, ...\}$

と書かれていれば、$1 \mapsto 1, \: 2 \mapsto 3, \: 3 \mapsto 5, \: ,..., \: n \mapsto 2n-1,...$ というように、番号 $1, 2, 3,..., n,...$ の対応を意味しています。 $5$ は第3項なので $a_3=5$ ということです。

自然数(正の整数)を $\mathbb{N}$ とし数列を $f$ で表し 

               $f \: : \: \mathbb{N} \rightarrow \mathbb{R} \: ; \: f(n)=2n-1$

と書くことができます。ここまでしなくても $f(n):=a_n=2n-1$ と書けば、数列 $\{a_n \}$ は関数(写像)に見えますね。▮

高校数学では写像と像を混同しているようにみえます。教科書や教師は関数であることを知っているので区別していると思いますが、受ける側はどうでしょうか。もし記述テストで説明部分に赤い訂正が入れられていたら、それは写像と像の違いを指摘していると思います。


例2(整数の足し算) 「写像じゃなくて演算でしょ」と言いたくなりますが、写像とみることができます。こういう見方は現代的です。次のように捉えます:

             $\phi \: : \: \mathbb{Z} \times \mathbb{Z} \rightarrow \mathbb{Z} ; \: (a, \: b) \mapsto a+b$.

$\phi (a, \: b)=a+b$ と書けば、写像だと認識しやすいでしょうか。引き算や掛け算も同様にみることができます。これを一般化したものが二項演算です。▮

以前、群を定義したときに写像を使って演算を定義したかったのですが、写像を紹介していなかったので、$a, \: b \in G$ に対して演算・を考えたときに $a \cdot b \in G$ と表現しました。専門書でも両方の記述をみますが、写像が好みです。環上の加群を定義するとき、ずばり言えば作用させるときに有難く感じます。線形代数の本によってはベクトル空間の和とスカラー積を写像で定義していると思います。


例3(ベクトルの内積) $V$ でベクトル(vector) $\overrightarrow{a}$ の住処を表すことにすると内積は

            $V \times V \ni (\overrightarrow{a}, \: \overrightarrow{b}) \mapsto \overrightarrow{a} \cdot \overrightarrow{b} \in \mathbb{R}$.

表現方法を少し変えましたが、何を表しているかは読み取れると思います。内積はベクトルから実数(スカラー)への写像です。▮


例4(微分) 微分可能な関数 $f \: : \: \mathbb{R} \rightarrow \mathbb{R}$ に対して

                $\mathbb{R} \ni a \mapsto f'(a) \in \mathbb{R}$. 

これは導関数を表しています。$f'(a)$ は、$x=a$ における微分係数で、関数のグラフで言えば点 $(a, \: f(a))$ における接線の傾きです。$x$ の値を変化させているので導関数です。▮


中高の数学ではこのような表現をしませんが、このように隠れていたのです。写像の利点は定義域と終域が明示されているところです。ただ、中高の数学でこのようなことをしてもこれ以上先には進まないので、却って混乱されるだけですね。▢


注1:$f$ の像 $f(A)$ は集合です。記号だけをみていると、Aに対応する何かを表しているのか $f$ の像を表しているのかは分かりません。大抵は集合Aの像 $f(A)$ とか、元Aに対応する元 $f(A)$ などと書かれているので判別できます。この他の意味を表すこともあるので、記号だけでは判断できません。

注2:像には $f$ による集合の像と $f$ による元の像の2つがありました。このように数学では同じ語を乱用するので「~の」にも注意が必要です。数学の専門書などでは新しい用語だけを太字表記しますが、「~の」の部分も一緒に認識してください。


参考文献
『岩波 数学辞典 (第3版)』
三村征雄 著『微分積分学Ⅰ』(岩波全書)
松坂和夫 著『代数系入門』『集合・位相入門』(岩波書店)
稲葉三男 著『微積分の根底をさぐる』(現代数学者)

※※ これを書くにあたり『微積分の根底~』を読み直して思ったのは、定義域を問題にすることに問題意識を持っていたのはこの本からの影響だったようです。上に挙げた参考文献は辞書代わりによく使用しています。▮


※1 『理一の数学事始め』のシリーズ15「関数とグラフ」 で関数と写像について話をしています。中高数学の関数向けなので深入りはしていません。

※2 写像(関数) $f(x)$ というような表現がされますが、$f(x)$ と書くと $x$ に対応する元を表すことになるので、意識的に $f$ と表記することもあります。多項式を表現するときも同様です。私自身は $f$ という表現を多用します。どうしても変数表記を必要とする場合は大文字にして $f(\mathsf{X})$ と書きます。何となく無機質な感じがするからです。

※3 多価関数というのを考えたりもしますが、写像ではなく "関数" です。この用語に対してただ1つ対応する関数を一価関数とも呼びます。多価関数は複素解析に現れます。

※4 集合表記は 『理一の数学事始め』15.2「関数とグラフ (集合)」 をご覧ください。

※5 直積にはいろいろありますが、ここでは「集合の」直積です。大学以降の数学を学ぶといろいろな直積に出会います。だから「何の」直積かは注意です。直積が直和だったり、記号もいろいろ使われたりで混乱させる用語の一つです。

0 件のコメント:

コメントを投稿

ちょっと・・・それは・・・ ~ 定義とその周辺の話 ~

内容的には高校数学なのですが高校生には難しいと思います。ただ高校生であっても定義・定理(命題)・公理の区別が出来ているのであればおもしろいと思うし、数学教師志望の教育学部や数学科の学生には興味深い話だと思います。 現在、 『数学事始め』 では指数関数・対数関数の話をしています...