2021/07/17

内積③ 内積空間 ~より抽象化した世界~

 三度(みたび)、コペルニクス的転回。いや、現代数学では日常茶飯事なので、大袈裟にいう必要はないですね。高校数学Bのベクトルと線形空間内積②でも行われましたね。視点を逆にすることは現代数学ではよくある手法なので、これを覚えておくだけで学びやすくなると思います。代数学の環は整数の世界を抽象化したものですが、ここでも行われています。


さて、内積の性質に着目し、その性質を満たすものを内積と呼び、その内積が定義されている線形空間を内積空間と呼ぶことにします。前回の話から推測できるように、内積を定義するということは、長さを定義するということなので、計量空間とも呼ばれます。特に、実数上の内積空間をEuclid線形空間と呼ぶこともあり、いろいろな名前がついているようです。私の苦手分野ですが、関数解析ではさらに連続性をも仮定した線形空間を扱います。解析学に興味のある人は、一変数の微積分→多変数の微積分→(ベクトル解析)→複素解析(複素関数論)→実解析(ルベーグ積分論)→関数解析(関数空間論)というように学ぶ先にあります。ここまでは学部で学ぶのではないかと思います。


内積の性質は次の4つでした。この4つの性質を満たす演算が与えられている実数上の線形空間を内積空間と呼び、その演算を内積と呼びます。
イ)
a・bb・a
ロ)(ab)・c=a・c+b・ca・(bc)=a・b+a・c
ハ)(ka)・b=a・(kb)=k(a・b),ただし k は実数する,
ニ)≠0ならば 
a・a 0であり,a・a=0 となるのは =0 に限る.

見事に見方が逆転していますね。そしてよく例に挙げられるのが、n次以下の実係数多項式全体を考えたP(n, R) です。このP(n, R)は線形空間であることが確認でき、この元(ベクトルですが、実際はn次以下の多項式) のf(x), g(x)に対して

    f・g :=∫[-1, 1] f(x)g(x) dx(多項式の積f(x)g(x)を-1から1まで積分した式)

と定義すると、これが内積の性質イ~ニを満たすことも確認でき、P(n, R)は内積空間となります。この先は関数解析のヒルベルト空間へと続きます。興味のある人は、上で記した流れを踏んで解析の世界をたのしんでください。
ここでは、話の流れから内積を中点「・」を用いて表しましたが、これは多項式の積と間違いやすいので別の記号で書かれることの方が多いと思います。▢


数学は便宜的に区分けされている分野ごとに学ぶ方が学びやすいですが、先に進んでいくといろいろなものが融合されるので、驚かれる人もいると思います。中学高校の数学もはじめは分野ごとに学びますが、代数・幾何・解析はいろいろなところで混ざり合っていたと思います。数学が苦手だと、その混ざり合いが混乱の元ですよね。私がそうでした。あるとき、便宜的な区分でしかないことに気づき、それ以降別な所での使われ方を意識するようになったら、数学の理解が深まりました。代数的整数論や曲線・曲面の微分幾何、微分多様体などを学ぶようになると、数学の世界が拡がりおもしくなると思います。関数空間もそういう世界の話だと思います。

今回の話の内積空間は、私の所蔵しているすべての線形代数の本に書かれていたので、もし線形代数の本を持っているのなら書かれていると思います。下の本はこれまでも紹介してきた本です。左は難しく、真ん中は標準くらいで、右は大学1年生向きだと思います。自分が読み易いと思った一冊をきちんと終わらせられることが大切だと、謎の数学者さんがおっしゃられています。私もそう思います。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿

ちょっと・・・それは・・・ ~ 定義とその周辺の話 ~

内容的には高校数学なのですが高校生には難しいと思います。ただ高校生であっても定義・定理(命題)・公理の区別が出来ているのであればおもしろいと思うし、数学教師志望の教育学部や数学科の学生には興味深い話だと思います。 現在、 『数学事始め』 では指数関数・対数関数の話をしています...