(準備と確認)数学Bで、2つのベクトルa, bおよびその挟角θに対して内積 a・bは、
a・b :=|a||b|cosθ
で定義しました。この式から得られる性質を並べておきます。
イ)a・b=b・a
ロ)(a+b)・c=a・c+b・c,a・(b+c)=a・b+a・c
ハ)(ka)・b=a・(kb)=k(a・b)
ニ)|a|=√(a・a) ※ルート記号に屋根があると見てください。そのため括弧を付けました。
高校数学Bでは成分を利用して解説しているようですが、上で述べた定義式からすべて得られます。イ,ハ,ニ は簡単に示せると思うのですが、ロ は如何でしょうか。イによって内積は可換なので、一方を示せば十分ですね。
(詳しくは、※2をご覧ください)
さらに、受験数学で知られているSchwartz(シュヴァルツ)の不等式と三角不等式が得られます。
ホ)|a・b|≦|a||b| (Schwartzの不等式)
ヘ)|a+b|≦|a|+|b| (三角不等式)
ホ,ヘ を示せるでしょうか。ホは定義式から得られます。へ は数の不等式の証明に似たような計算で示せます。この ヘ は式の意味を考えると当たり前に思えますね(※1)。
もちろん、イ) ~ ヘ) は内積 a・b を成分で表現した場合でも成り立ちます。尚、成分表示した場合のベクトル a=(a1, a2) の大きさ|a| は ニ の式から次のようになります。
|a|=√((a1)^2+(a2)^2)
※ルート記号には屋根が付いていると見てください。
(ここから本題)
数学Bでは平面と空間のみを扱うので、成分表示はa=(a1, a2) または, a=(a1, a2, a3) でした。現代数学(線形代数)はこれを一般化したものを考えるので、成分表示は
a=(a1, a2,..., an)
※anはaとnの積ではなくて、a1, a2 のように添字を付けたもの
のようになります。これによって一般化します。ただし、各成分は実数とします。
幾何ベクトルでは内積の定義式から、成分の内積が導かれましたが、発想を逆転させて、
2つのベクトル a=(a1, a2,..., an), b=(b1, b2,..., bn) に対して、和 a+b とスカラー倍 ka を次の式で定義します。ただし、kは実数とします:
a+b:=(a1+b1, a2+b2,..., an+bn),
ka:=(ka1, ka2,..., kan).
これにより、成分(a1, a2,..., an)で表現されるベクトル全体は実線形空間になります(※3)。
さらに内積 a・b を次式で定義します:a・b:=a1・b1+a2・b2+・・・+an・bn.
ここで、nが2や3であれば、数学Bで学んだ成分による内積と一致します。これが一般化というものです。さらに、a=(a1, a2,..., an) の大きさ|a|を次の式で定義します:
|a|:=√(a・a).
この式は 二) と同じです。つまり、二) の式で大きさを定義したのです。逆転の発想をしていることを忘れないでください。このとき、上で述べた性質イ, ロ, ハ が成り立つことが確認できます。これによって、再び
ホ)|a・b|≦|a||b| (Schwartzの不等式)
ヘ)|a+b|≦|a|+|b| (三角不等式)
を得ます。ホ によって2つのベクトル a, b に成す角を定義することが出来ます。
Schwartzの不等式から、
-1 ≦ (a・b) / (|a||b|) ≦ 1
を得ます。2つのベクトル a, bが決まれば、それに伴い式 (a・b) / (|a||b|) は唯一つの値が定まります。その値 t は、-1≦ t ≦1 であるから cosθ (0≦θ≦π)を対応させることが出来ます。つまり、t の値に対してある θ が一つ決まります。これを2つのベクトル a, b の成す角と定義するのです。ここが巧みな所で、n が2や3であればこれまでの幾何ベクトルと同じ結果を得ます。つまり、見事に拡張されているのです。
コペルニクス的転回が現代数学に現れていることが確認できたと思います。最初は平面の幾何でコペルニクス的転回をしましたが、そこで語ったように現代数学では頻繁に出てくるので学びが進むと珍しくも何ともないのです。次回で内積の話を終ります。▢
今回の内容は、佐久間元敬 共著『線形代数 教科書』(絶版)を参考にしました。
これまで紹介した線形代数の本 三宅敏恒著『入門 線形代数』、齋藤正彦著『線型代数入門』
に載っていると思って探したのですが、最後の部分の成す角の定義の記述が見つけられませんでした。直交するという表現までは載っていることが確認できました。
これまでも名前だけは紹介してきた 佐武一郎著『線型代数学』(裳華房) には記述がありました。
右の画像のない本は 佐久間元敬 共著『線形代数 教科書』(共立出版) です。古書ですが貼っておきます。
※1 理一の数学事始め シリーズ10の5で紹介した三角不等式を参照してください。
※2 この証明に関する動画(7/11公開)を作ったので、そちらをご覧ください。ただし、一般的な説明にはなっていません。(※ 「ただし」以下を加筆しました)
最後に
高校数学Bで学ぶ幾何ベクトル(2次元、3次元)のベクトルを一般化して、n次元空間のベクトルというものを考えたとき、ここで話したように内積は成分を利用して定義されます。このことを知っているので、幾何ベクトルの内積を成分で定義している本もあるようです。現代数学っぽいのですが、初学者が学ぶには難しいと思います。
例えば、物理学でない数学の位相は、距離空間から位相空間へと展開する本もあれば、位相空間から具体例として距離空間を紹介する本もあります。好みですが、前者の方が分かりやすいと思います。
内積を成分で定義するのは、位相空間を定義してから距離空間の話をするような感じを受けます。微積分で言えば、近似式の考えを知らずにテーラー展開の話をするようなものです。複素関数論を学べばテーラー展開の有難みを感じるのですが、それは微積を学んでから早くて1年後の話です。大学3年生で学ぶことが多いと思います。
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