2021/06/26

高校数学Bのベクトルと線形空間 ~現代数学ではコペルニクス的転回は日常茶飯事⁈~

『理一の数学事始め』9.15でコペルニクス的転回をしました。当初の予定では、ユークリッド原論的な幾何を展開していくはずだったのですが、私自身の学びが深くなるにつれて、構成方法を無理なく変えられることに気づいたので、公理を一部変えました。現代数学を学ぶとたびたび起こるので、何てことないようにも思います。

このようなコペルニクス的転回が、現代数学のどこで現れるかを紹介したいと思います。『数学事始め』でベクトルに触れたときに書こうと思っているのですが、まだまだずっと先になりそうなので、この機会にまとめることにしたのです。先週、線形代数の行列を紹介したので、今回は線形代数で学ぶ線形空間を例に挙げます。この線形空間はベクトル空間とも呼ばれます。どちらを使うかは好みです。

高校数学Bでベクトルを学びます。このとき、ベクトルの性質として

①足し算が定義され、足し引きができること
②実数倍が定義され、伸び縮みができること

を学びます。ここで学ぶベクトルは幾何ベクトルとも呼ばれ、図形が意識されてます。


上の2つの性質を視点を変えて見てみます。

①足し算が定義され、足し引きができること
は、ベクトルは加法に関して群を成すということです(※1)。つまり、2つのベクトルx, y から第3のベクトル x+y を定義し、

①-1 x+y=y+x           (交換律)
①-2 (x+y)+z=x+(y+z)     (結合律)
任意のベクトルxに対して、
①-3 x+0=xとなるベクトルがある(零元の存在)
①-4 x+y=0となるベクトルがある(逆元の存在)

の4つを満たすということです。実際、高校ではこのように学びます。記号「+」を使うときには可換性が仮定されているので、①-1は自然です。また、①-4のの逆ベクトルといい、-x と書くことにします。

②実数倍が定義され、伸び縮みができること
は、実数のベクトルへの作用として捉えます(※2)。実数なので和積および積の単位元1を考えることになります(※3)。

実数a とベクトルx から第3のベクトルax を定義し、

②-1 a(x+y)=ax+ay (ベクトルの和)
②-2 (a+b)x=ax+bx (実数倍の和)
②-3 (ab)x=a(bx)     (実数倍の積)
②-4 1x=x      (単位元倍)

の4つを満たす。この①、②たちから次が得られます。

命題 任意の2つのベクトルx, y に対して、x+z=を満たすベクトルz が唯一つ存在する。▮

この命題におけるベクトルzyx と書くことにし、xyの減法は yx:=y+(-x) によって定義します。さらにこのことから、次を得ます:0x=0, a0=0, (-1)x=-x

この辺りの命題以降については、高校数学はきちんと書かれていなく、数や文字の計算のように扱えることを目的に書かれているようです。議論をきちんとすることよりも、使えることに重点を置いているのだと思います。

:実数とベクトルを区別するために、ベクトルを太字にしました。高校数学ではベクトルを→で表現します。大学以降の数学では→も使われますが、使わないことが多いと思います。ここと同じように太字で表現されたりしますが、太字さえ使わないで表現されたりもします。前後関係から、実数かベクトルか判るからです(※4)。


この①、②はベクトルの性質として紹介しましたが、空間ベクトルを考えるところまではこれで十分なのですが、現代数学は抽象化することで視野が広がるという叡智を得たので、次のようにコペルニクス的転回をします。

「ベクトルなら、性質①、②を満たす」を逆転させて、「性質①、②を満たす集合Vを線形空間といい、その集合の元をベクトル」と呼ぶことにするのです(※5)。こうすることで、視野が拡がり、数学が豊かになります。アインシュタイン(A.Einstein)の相対論もこの抽象化された世界の話です。

大学1年生が苦しんでいるかもしれない線形代数は、現代数学を学ぶ上で欠かすことのできないものです。アルティン(E.Artin)のガロア理論、関数空間など至る所に顔を出します。もしも線形代数の本をお持ちなら、その中に挙げられている例を見てみてください。それらは他の分野に現れるものから作られています。著者の見識によって、挙げられたものです。▢


線形空間の代数的な見方をしている本は、代数学の本を参考にすることになると思います。
手元にある線形代数の本で代数に触れている本はあるのですが、大学1年生向きでないように思います。例えば、斎藤毅の『線形代数の世界』、齋藤正彦の『線型代数入門』などです。ただ、齋藤正彦の線型代数は少し難しいと思いますが、1年生でも読めると思います。線形代数の本は数多あるので、各大学で推薦している本を見てみて、代数学的な視点がなければ、次の本などをご覧ください。大抵の代数学の本には書かれていると思います。特に、線形空間の8つの要請に疑問を抱いた人は、代数的視点でみることをお薦めします。何ともない人は、そのままがいいと思います。理解が深まるにつれて、感動するかもしれません。

下2冊はこれまでも紹介している本です。
左)松坂和夫 著『代数系入門』
右)石田信 著『代数学入門』




※1 群に関しては、このブログで『少しだけ背伸びした世界をちょこっとだけ紹介します。代数学~群の紹介~』と題して話をしています。群を話しておいたのは、ベクトル空間の話をするときに使うためでもありました。群はガロア理論にも関係するので、ここで紹介したことくらいは、大学1年生が知っていて損はないと思います。むしろ、これを準備せずに線形空間(ベクトル空間)を理解するのは難しいと思います。

※2 でも、数学事始めでも、このブログでも「作用」に関しては言及していません。代数学で言えば、加群(加法群)への環の作用がこれに当たります。歴史的には、線形空間の概念から加群への環の作用が見出されたようです。

※3 実数や複素数のように、加減乗除のできる数の集合を(タイ)といいます。代数学だと環の話のところで触れられていると思います。和積に関して逆元の存在を考えるので、演算に引き割り必要でなく、特殊な元として0, 1 があります。

※4 実数や複素数の体(タイ)は、ベクトルに対してスカラーとも呼ばれます。

※5 この場合は集合Vに実数倍を定義したので、Vを実数上の線形空間と呼びます。学びが進むと、「~上の」というのが大切になります。尚、Vはベクトル(vecter)空間の頭文字です。

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ちょっと・・・それは・・・ ~ 定義とその周辺の話 ~

内容的には高校数学なのですが高校生には難しいと思います。ただ高校生であっても定義・定理(命題)・公理の区別が出来ているのであればおもしろいと思うし、数学教師志望の教育学部や数学科の学生には興味深い話だと思います。 現在、 『数学事始め』 では指数関数・対数関数の話をしています...