2022/09/24

置換と互換と交代群  ~この話はどこに向かっていくのか⑤~

集合 $X=\{1, \: 2, \: 3, \: 4 \}$ に対して、置換 $\sigma : X \rightarrow X$ は

$$\sigma =\dbinom{1 \quad 2 \quad 3 \quad 4}{3 \quad 1 \quad 4 \quad 2}$$

のように表現し、このとき $\sigma(1)=3, \: \sigma(2)=1, \: \sigma(3)=4, \: \sigma(4)=2$ です。


n次対称群 $S_n$ の元を置換といいましたが、置換の中には

$$\tau =\dbinom{1 \quad 2 \quad 3 \quad 4}{3 \quad 2 \quad 1 \quad 4}$$ ($\tau$ はギリシャ文字の小文字でタウと読みます)

のように1と3だけを交換し、他は変えないものもあります。このような置換を互換(ゴカン)といい、単に $(1 \:\: 3)$ と書いて表現します。互換 $\tau=(1 \:\: 3)$ の逆置換 $\tau^{-1}$ は $(1 \:\: 3)$ です。
(もちろん $(3 \:\: 1)$ と書いてもいいです。同じなのだから見やすい表現をします)


命題1 $S_n \: (n \geqq 2)$ の任意の置換は互換の積で表せる.▮

きちんと証明をしようとすると、帰納法で示すことになります。ここではどのようにして互換の積で表せるかを見てもらいます。


互換の積の表し方は他にもあります。


このように互換の表し方に一意性はないのですが、互換の個数には不変性があります。上の例では互換の積が3個または5個の奇数個です。

命題2 互換の積の個数が奇数か偶数かは与えられた置換によって決まる.▮


これを示すのに差積 $\Delta (x_1, \: x_2, \: x_3, \: \dots, x_n)$ を導入します(※1)。

  $\Delta (x_1, x_2, x_3, \dots, x_n):=(x_n-x_{n-1})(x_n-x_{n-2})(x_n-x_{n-3})\cdots (x_n-x_1)$
                   $\cdot (x_{n-1}-x_{n-2})(x_{n-1}-x_{n-3})\cdots (x_n-x_1)$
                                    $\cdots$
                               $\cdot (x_3-x_2)(x_3-x_1)$
                                    $\cdot (x_2-x_1)$

これは交代式(※2)です。分かりやすく $n=4$ の場合を考えます。

       $\Delta (x_1, x_2, x_3, x_4)$
      $=(x_4-x_3)(x_4-x_2)(x_4-x_1)(x_3-x_2)(x_3-x_1)(x_2-x_1)$.

 交代式は任意の互換によって符号が反対になる式のことです。実際 $\sigma=(1 \:\: 2)$ に対して

   $\sigma \Delta (x_1, x_2, x_3, x_4):=(x_{\sigma(4)}-x_{\sigma(3)})(x_{\sigma(4)}-x_{\sigma(2)})(x_{\sigma(4)}-x_{\sigma(1)})$
                                         $\cdot (x_{\sigma(3)}-x_{\sigma(2)})(x_{\sigma(3)}-x_{\sigma(1)})(x_{\sigma(2)}-x_{\sigma(1)})$
    $=(x_4-x_3)(x_4-x_1)(x_4-x_2)(x_3-x_1)(x_3-x_2)(x_1-x_2)$
    $=-(x_4-x_3)(x_4-x_2)(x_4-x_1)(x_3-x_2)(x_3-x_1)(x_2-x_1)$
    $=-\Delta (x_1, x_2, x_3, x_4)$. ▮


他の互換でも確認してみてください。互換による符号の変化が分かれば一般の場合も同じなので気づくと思います。



では命題2を示します。
与えられた置換 $\sigma$ を互換の積に表したものを考えます。互換の積表現に一意性はないので、互換の積表現の任意の2つを $\sigma_1, \: \sigma_2$ とし、それぞれの互換の個数を $k, \: m$ とします。

$$\sigma_1\Delta (x_1, x_2, x_3, \dots, x_n)=(-1)^k\Delta (x_1, x_2, x_3, \dots, x_n),$$

$$\sigma_2\Delta (x_1, x_2, x_3,\dots, x_n)=(-1)^m\Delta (x_1, x_2, x_3, \dots, x_n).$$

したがって $\sigma_1=\sigma=\sigma_2$ より

$$(-1)^k=(-1)^m$$

となり、互換の個数の偶奇は一致する.▮

:$(-1)^k=(-1)^m$ から $k=m$ は言えません。


このことから置換の結果が

$$\sigma\Delta (x_1, x_2, x_3,\dots, x_n)=\Delta (x_1, x_2, x_3, \dots, x_n)$$

となったら σ を偶置換といい

$$\sigma\Delta (x_1, x_2, x_3,\dots, x_n)=-\Delta (x_1, x_2, x_3, \dots, x_n)$$

となったら σ を奇置換という。偶置換のときの互換の積の個数は偶数で、奇置換のときの互換の積の個数は奇数です。差積が互換によって符号が反対になることから解ります。置換によって差積は符号だけが変化するので、置換の符号を定義することができます(※3)。


最後に、偶置換全体は群を成し、これを交代群(alternating group)と呼びます。交代群は交代式である差積の符号を保存する置換全体です。n次交代群は $A_n$ で表します(※4)。▢



※1 Δ(デルタ)は差積(difference product)の頭文字dに相当するギリシャ文字の大文字です。差積は判別式の定義でも出てくる大切な概念の一つです。

※2 交代式は任意の互換で符号が反対になりますが、任意の互換で不変な式を対称式といいます。基本対称式については 『数学事始め』22.03 をご覧ください。

※3 置換 $\sigma$ の符号を記号 $\mathrm{sgn} \: \sigma$ で表します。sgn は sign (サイン、符号) のことです。線形代数でも符号を定義します。ここでは深入りしませんが、$S_n, \: A_n, \: mathrm{sgn}$ にある関係が成り立ちます。

※4 群であることを確認するには、①演算で閉じているか ②結合律を満たすか ③単位元の存在 ④逆元の存在の4つをみます。①は互換の個数で考えると分かります。結合律は対称群の部分集合であることから解ります。単位元 $1_X=(1  2)(1  2) \in A_n$ です。逆元は注意してください。互換の積表現の部分にヒントがあるのですが、$(\sigma \tau)^{-1}=\tau^{-1}\sigma^{-1}$ です。

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