いま『理一の数学事始め』では、数え上げの話をしています。高校数学で学ぶ「場合の数」の話を進めているのですが、漏れなく・重複なく数えるのはやさしいことではありません。
最初に学ぶのは小1算数だと思うのですが、数を数えるということは正の整数(自然数)と一対一対応させるということです。もちろん、小学生1年生にこういう説明はしません。これが理解できているのなら、次の問題は難しくないと思います。
問題 所有している山の木の本数を数えたい。どのように数えますか。(※1)
解答例 一対一対応をどのようにするかです。木を移動させたり切ったりするのは容易なことではありません。逸話の中の秀吉は、適度な長さの荒縄を十分の量用意し家来たちにそれを一本一本木に結び付けさせました。これが目印となり漏れなく木に結び付けられます。最後に元の荒縄の数から余った荒縄の数を引けば木の本数を求めることができます。▮
この一対一対応の考えを無限集合にも適用させて数えるという話があります。
無限集合の元の個数を数えるという不可思議なものですが、正の整数(自然数)と一対一対応ができれば自然数と同じ個数あると考えられます。この場合は個数でなく濃度と呼びます。
この考えに立つとさらに不可思議なことが起きます。
正の整数と正の偶数であれば、直観的には正の整数の方が多いように思いますが、濃度が等しいことがかんたんに判ります。正の整数 $n$ に対して $2n$ を対応させれば、正の整数と正の偶数とが一対一に対応します。
もうここでは説明しませんが、正の整数も整数も有理数も濃度が等しいといえます。そうすると気になるのは実数はどうなんだと思いますが、正の整数と実数には一対一の対応がつけられず、実数の方が多いのです。その実数は0より大きく1より小さい数と濃度が等しいのだから頭が混乱します。読みやすい本だと 遠山啓著『無限と連続』(岩波新書) があります。専門書であれば、集合の本に書かれています。私の場合は「ルベーグ積分」で最初に学んだと記憶しています。
この話をもう少し進めると
「正の整数の濃度と実数の濃度との間の濃度は存在しない」
という仮説があります。これを連続体仮説といい、連続体というのは実数全体のことです。
数え上げということで一対一対応の話をしましたが、ずーっと以前は夏になるとNHK教育テレビで小学算数から中学・高校までの数学をよく視聴していました。番組名が定かでないのが残念なのですが、『さんすうみつけた』(?) という小学1年生向きの番組があり、その中で「ものを数える」話がされ "一つと一つ" という言葉で一対一対応を説明していました。このように数学を意識した説明がされていることにとても感心しました。さんすうではありますが、教える側は大学以降の数学をきちんと学んでいる必要があると感じた次第です。これ以外にも「長さをはかる」話もいいものでした。(※2)▢
※1 これは秀吉が信長に「領地の山の木の本数を数えろ」という逸話を元にしています。この話は秀吉を偉大な戦国武将に仕立てるための作り話だと思います。歴史小説や講談というは事実を交えながらそれに盛ることでおもしろおかしく描写するものです。シュリーマンのようなことは極めて稀です。
※2 『いちにのさんすう』『さんすうすいすい』だったかもしれません。番組名が変わっても内容は維持されていたように思います。でも21世紀には引き継がれなかったようです。
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