2022/03/05

整数の1と有理数の1は同じ?  ~現代数学の基礎 集合4~

問題1 整数の $1 \in \mathbb Z$ と有理数の $1 \in \mathbb Q$ は同じ $1$ ですか? 



       「同じ $1$ でしょ?違うの?」
       「整数は有理数の部分集合なんだから同じ $1$」
       「有理数は整数に分数を加えたものでしょ。だから同じ」


などさまざまな反応があると思いますがもう1問考えてください。


問題2 等式 0.3+0.7=1.0 は誤りですか? 




:これから書く話は現代数学の目から見たものです。集合と代数の話なので易しくありません。分かってほしいのは、長い歴史を辿って数学が整備されているということです。




問題1をみて「あっ!違う $1$ かもしれないなあ。整数と有理数は違う世界だから」と小中高で学んできた数学しか知らない人がこのように考えられるものでしょうか。

問題2は問題1と繋がりがあるのですが、それが伝わっているでしょうか。


問題1は異なる $1$ であること、 問題2は自然な式であることを説明しようと思います。

 

考えるために有理数$\mathbb Q$ の定義を思い出しましょう。簡単に言えば、分数で表せる数でしたね。これを集合で表現すると

             $\mathbb Q:=\{ \dfrac{m}{n} \mid m \in \mathbb Z, \: n \in \mathbb Z_{>0} \}$

です(※0)。さてそうすると $1$ は分数でないので $1 \in \mathbb Q$ はかなり怪しいですね。$1$ は分数で表すとどのようになるのでしょうか。

                  $1=\dfrac{1}{\: 1 \:}$

と考えるのが自然だと思いますが、整数 $1$ と分数 $\frac{1}{\: 1 \:}$ を "=" で結んでいますが異なる世界の数ですよね、問題ないのでしょうか。さらに $\frac{2}{\: 2 \:}, \: \frac{3}{\: 3 \:}, \: \frac{4}{\: 4 \:}, \dots $ などは $1$ とは別の数なのでしょうか。

         「それくらい目を瞑ってもいいじゃん」
         「学校で $1=\frac{1}{\: 1 \:}$ と教えられたよ」
         「学校で教えられたのは、ホントは間違ってるの?」

と思ってしまいますよね。不十分ではありますが小学算数でこのことについて言及したはずです。小4算数で分数の概念を学ぶと思いますが次のように導入されていませんでしたか。

              $1=\dfrac{1}{\: 1 \:}=\dfrac{2}{\: 2 \:}=\dfrac{3}{\: 3 \:}=\cdots $

             $2=\dfrac{2}{\: 1 \:}, \: 3=\dfrac{3}{\: 1 \:}, \: 4=\dfrac{4}{\: 1 \:}, \dots $

を述べた後に約分についても書かれていたと思います。上の式と約分は約束事で、代数学では

      (♪1)   一対一対応 $a \leftrightarrow \dfrac{a}{\: 1 \:}$ を $a =\dfrac{a}{\: 1 \:}$ 

と書き
      (♪2)     $\dfrac{a}{\: b \:}=\dfrac{c}{\: d \:} \overset{def}{\Longleftrightarrow} ad=bc$

によって約束します。(♪1) は一対一対応による同一視で、(♪2) は同値関係を与えたのです(※2)。

これによって、

             $1=\dfrac{1}{1}=\dfrac{2}{2}=\dfrac{3}{3}=\dfrac{4}{4}=\cdots$
               ↕ 約束
             $3=\dfrac{3}{1}=\dfrac{6}{2}=\dfrac{9}{3}=\dfrac{12}{4}=\cdots$

が保証されているのです。この他に演算についても触れなければならないのですが、まだこの『数学雑談』で群(グン)しか紹介していないのでここまでにします(※1)。


このように整数の $1$ と有理数の $1$ は別のものなのですが、同一視によって同じものと考えましょうとしているのです。なので抽象代数学のはじめの頃は、明確に区別するために整数の $1$ を $1_{\mathbb Z}$, 有理数の $1$ を $1_{\mathbb Q}$ のように表記したりします。最初、このように書かれて何を難しくしているのかと思いましたが、実際は明確にしていたのです。

次に、代数の見地からすると問題2の式はとても自然です。それは等号の左辺は有理数の中での足し算で、右辺は有理数だからです。もしも右辺を1と書いたら整数の1にしか見えません。つまり、有理数と整数を等号で結んでしまっています。集合が異なっているので自然ではないのです。理科の視点(有効数字)でも自然な式です。


小学算数では $1.0=1$ だと教えますが、理科の視点(有効数字)でも数学の視点でも自然なものではないのです。なのでテストで $1.0$ と書いてあっても✖を付けずとし、「いまは1と書くようにしましょう」とコメントを付けておけば十分だと思います。成長するにつれ改善されるし、理科で有効数字を習ったときや抽象代数学を学んだときに理解が深まると思います。「あのときの話はこういうことだったのか」と。▢


補足
$0.1$ が有理数ということを言い忘れていました。$\dfrac{1}{10}$ と $0.1$ は等しいと約束したのです。これにより10進表記が可能になっています。10進表記というのは日常的に使っている10で1つ位を上げる方法で数を表すことです。10進数の方が馴染みがあるでしょうか。

          $0.3+0.7 \leftrightarrow \dfrac{3}{10} + \dfrac{7}{10} = \dfrac{10}{10}  \leftrightarrow 1.0$

ということです。



※0 $n \in \mathbb Z, \neq 0$ でも構いません。

※1 (♪1) は、本来、次のような写像を考えます。

             $\mathbb Z \ni a \mapsto \dfrac{a}{\: 1 \:} \in \mathbb Q$

これは包含写像(ホウガン シャゾウ)と呼ばれるものです。写像は関数と思ってよく、『数学事始め』のシリーズ15の1「名を正す」の※3でかんたんに説明しています。

※2 同値関係は同じとはどういうことかを数学的に定めたもので、集合論を学ぶと始めの方に書かれています。ここではかんたんに述べるに留めます。

集合$A$ の2元$a, \: b$ に何らかの関係 ~ が与えられいて、$a, \: b$ に関係が成り立っていることを $a \sim b$ と書くことにし、次の3条件が成り立つとき $\sim$ を同値関係といいます:

   条件1 $a \sim a$,
   条件2 $a \sim b \Rightarrow b \sim a$,
   条件3 $a \sim b$ かつ $b \sim c \Rightarrow a \sim c$. ただし、$a, b, c \in A$ である。

~ が = のときがもっとも分かり易い例になります。ふつうの = は同値関係です。

この同値関係があるとこれにより集合Aをうまく分類できるのです。少し高度な例だと、整数が高校数学Aで取り上げられたので合同式を知っている人も多くなったと思いますが、mod3で合同≡を定義すると同値関係が得られ、これによって整数を3の倍数、3で割ると余り1、3で割ると余り2 となるものの3つに分類できますね。

この説明では不足していますが、こういうことができるのです。


今回の内容は集合の同値関係と分類です。注意しなければならないことは、有理数を構成しただけで演算については触れていません。有理数どうしの足し算や掛け算などを導入するには、少なくとも群および環の準同型定理を理解する必要があります。結構険しい山を乗り越えることになりますが、これを乗り越えるとパッと視界が開けます。

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ちょっと・・・それは・・・ ~ 定義とその周辺の話 ~

内容的には高校数学なのですが高校生には難しいと思います。ただ高校生であっても定義・定理(命題)・公理の区別が出来ているのであればおもしろいと思うし、数学教師志望の教育学部や数学科の学生には興味深い話だと思います。 現在、 『数学事始め』 では指数関数・対数関数の話をしています...