2021/08/07

比と割合と基本の基 ~あなたの知らない世界 a:b ,a/b の意味と三角比の準備 ~

 高校数学まで学べば、割合のことも比ということに気づきます。例えば、三角比、等比数列で使われている比は割合のことです。

割合というのは、2つの量を比べるときに一方を基準にして他方が何倍であるかという考え方でした。自分の体重が40㎏で父親の体重が100㎏だったら、父の体重は私の2.5倍です。母の体重が30㎏だったら、母は私の0.75倍(3/4倍)となります。このように1より小さい値のときは倍を付けずに0.75(3/4)とか、75%とか、7割5分などとも表現します。

割合の考えでもっとも基本的で確実に理解しておくべきことは、「自分自身を1と考えたときに比べているものはどれくらいか」ということです。上の例で言えば、父の割合が2.5ということは自分の2つ分と半分あるということで、母の割合0.75は自分の3/4、または自分の0.25(1/4)分少ないという感覚です。割合は自分自身を常に1として考えているのです。

というのは、割合よりも考え方が柔軟で自分自身を1だけでなくいろいろに変えて考えることを許します。父と私の体重の例をそのまま使って説明すると、私を40と見ると父は100で、私を4と見れば父は10です。私が2なら父は5で、私が1なら父は2.5となります。これが比の考え方です。比は自分の都合に合わせて考えることができます。このことを柔軟と表現しました。


比を数式で表現してみましょう。私を40と見ると父が100は、100:40となります。


多くの人が驚かれていると思います。「間違いだろ!」「40:100 だよ」というように。
いいえ間違いでも逆でもありません。これで正しいのです。基準にしているのを後ろに書いて表現します。「そう習った記憶がない」かも知れませんが、自分自身でそのように読んでいますね。「100対40」って。この意味は「40に対する割合が100」です。

英語では「ratio of 100 to 40」(40に対する比 [割合] が100)と読みます。


もう少し続けます。自分自身の見方を変えて表現した

「私を40と見ると父は100で、私を4と見れば父は10です。私が2なら父は5で、私が1なら父は2.5となります」

はすべて同じ対象なので、100:40=10:4=5:2=1.5:1 です。比の性質からこの事実は納得してくれると思います。
最後の式 1.5:1 が割合のことです。小学算数で a:bに対して a/bを比の値というと習いますが、これは割合のことです。比の値というのは、自分自身を1と見たときの比のことです。まさに割合ですね。


まとめます。数学では比も比の値も割合もごっちゃにして扱います。元々、英語では比も割合も "ratio" です。翻訳したときに工夫して漢字をあてたのかもしれません。大切なのは基準が何なのかだけです。最初に書いた三角比、等比数列の比が割合であることを納得してくれたと思います。

学校教育では、比を学んで直ぐに比の性質「a:b=c:d ⇔ ad=bc」を教えていろいろな計算をさせますね。中学数学で学ぶ「相似」ではこの比の性質を前提にして話を進めていき線分の長さを求めるのに夢中になります。だから100:40を100対40と読んでいても、40に対する割合が100の意味であることを理解していないのです。そういう私自身も、相似のときはただの計算とみています。


余談
ある高校で非常勤講師をしていたときの話です。三角比をどう指導するかという話になったときに、その場にいる10人を超える数学教師たちが割合も比も三角比の定義の意味も知らないことに気づいて悲しくなりました。数学を教えるくらいだから問題は解けますが、理解していないのです。このような状況なのだから多くの人が割合を理解していないと考えられます。割合の特集を組んだのもこの事情があってのことでした。点数至上主義でいる限り割合や比を理解せずに年を取り、統計や〇〇率に騙される人を生産し続けるのだと思います。


最後に伊原康隆さんの著作『志学 数学』から抜粋して終わります。


(6ページからの抜粋)
自分でよく考えないうちにすぐに解答をみて解法を憶えてしまおう、というやり方は一見能率的に思えるが、実は中~長期的に見ると全く不能率。よく考えて構造を把握する力をつけることの方が「千倍」強い。(中略)数日後の試験には間に合わなくても、数か月後の実力を問題にするなら、確実に「よく考える」訓練をする方をお勧めします。なぜかというと、浅いわかり方は、暗い弱い光のようなもので応用が利きません。深いわかり方を実感として知るには、「わからない」から入ってそれと立ち向い自力で「わかった」と抜けるしかありません。このプロセスが考えるということで、この訓練によって考える力もつき、光が抜けるように早くわかるようになるのです。

数学的思考が全く苦手という方にとっては、数学の試験など「一時的に凌げればよい災難」というわけで、暗記に頼っても仕方がないかもしれません。でも本当は喰わず嫌いで「考える喜び」を体験する機会を逃がしているだけなのかもしれません。又、本来は考えることが好きな生徒さん達までが焦って、早く解法を暗記して…となってしまうのは(能力開発のために)もったいないし、(試験のためにも)非能率的です。▢
※ 太字強調は理一による

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